作品の閲覧

エッセイ・コラム

ザ・ライト・スタッフは天に召された

志村 良知

 そんな人が今まで生きていたということ自体驚きであるが、12月7日、人類で最初に動力水平飛行で音速を突破したパイロット、チャック・イエーガーが亡くなった。

 第二大戦直後、超音速飛行の黎明期、操縦支援コンピュータなど勿論ない。多くのテストパイロットたちが、自分の腕だけで未知の飛行に挑んでいた。事故と死は常に隣り合わせでテストパイロットたちの間では「テストパイロットにはライト・スタッフ=正しい資質が必要だ。事故死する奴はライト・スタッフがなかったからだ」という考え方があった。そしてイエーガーは彼らの頂点に君臨する「ザ・ライト・スタッフ」だった。

 アメリカ東部アパラチア山中の「日の光を家の中に導くパイプが必要だった」くらい深い谷間の貧しい村の生まれ。子供の頃から道具も機械も車も自分で修理する生活の中で得た技術をもって陸軍航空隊の整備兵になる。
 第二次大戦参戦によるパイロット不足は彼に天職を与える。1944年、英国でP-51戦闘機に搭乗。イエーガー(猟師)の名の通り鋭い視力と射撃の腕、危機に瀕して冷静沈着、際立った技量と強いアパラチア訛りの無線交信。「一緒に飛ぶならチャック」という終生に亘る伝説が始まる。
 終戦までに撃墜11.5機。この中には一日で5機撃墜や「初めて見たジェット機はどうだったかって、撃ち落としたさ」というMe262初撃墜が含まれる。被撃墜も1回。

 戦後、1947年10月14日、ベルX-1ロケット機の50回目のフライトで緩い上昇中音速突破のマッハ1.06を記録。音速突破の報告は暗号で「速度計の針が曲がっちまったぜ」だった。朝鮮戦争では捕獲したMIG-15戦闘機に乗って徹底テスト、MIG撃墜法を編み出し、アメリカのF-86パイロットの力になった。
 マーキュリー計画が始まり、彼は宇宙に一番近い男と期待されるがカプセル操縦はチンパンジーでもできる「チンプ・モード」だとして計画への参加を拒否する。映画「ライト・スタッフ」のラストシーンでは、彼が自分の腕で宇宙に行ってみせる、と補助ロケット付きのジェット機で飛び立ち、失敗するが脱出して生還する場面が描かれる。
 イエーガーは機体がどんなに危機的状況にあっても、その瞬間ごとに後で分析しても完璧と評価される処置をとれる冷静さと技量の他、機体は墜落しても生還できる強運も持っていた。火を噴く機体から「おい、おけつがボンっていって背中が熱い。そろそろ飛び出すぜ」といったのんびりした声が反ってきたという。

 強い訛りののんびり口調と、数字をジーロ・ジーロ・トライ・ナイナ(0039)と発音する独特の無線交信は、彼を敬愛するパイロットたちの間に「ライト・スタッフ」の証として広まり、今でも旅客機パイロットの間にさえ残っているという伝説もある。

 チャック・イエーガー,97歳。合掌。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧