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エッセイ・コラム

一日一番

池田 隆

 令和二年八月一日(土)の夜、一日を振り返り床につく。昨日が私の誕生日だったので今日が八十二歳の初日であった。テレビが連日コロナ感染者数の記録更新を伝えるなか、妻と二人で蓼科の樹々に包まれ、山荘のベランダで食事し、散歩や午睡、読書や大相撲TV観戦で平穏に過ごす。今年は例年になく長雨であったが、梅雨明け宣言も発表され、これから暫くは晴天の予報である。澄んだ青空に立ち上がる白い入道雲は強そうだった。
 大相撲といえば、怪我で大関から序二段まで陥落した照ノ富士が見事な復活を果たし、未だ幕尻ながら新大関の朝乃山にも勝ち、十四日目で優勝争いのトップに立っている。十日目まで全勝を続け、盤石に見えた白鵬は連敗を喫し休場しているが、関脇小結陣が好調で明日の千秋楽まで誰が優勝するか分からない。
 そのような中、やっと八勝目をあげ勝ち越しを決めた力士のインタビューが流れる。誰もが安堵したような微笑みを浮かべているが、「さらに上を目指して下さい」と激励を受けると、多くが「一日一番、頑張ります」と顔を引き締める。

 奇しくも今日、平均寿命の最新結果が発表された。日本人男性は81.4歳とのこと。私もその平均寿命を越すことが出来た。その思いはどこか勝ち越しを決めた力士の安堵感に通じる。
 運不運、幸不幸、自己の努力と怠惰、周囲の理解と不理解など、悲喜こもごもの事があったが、兎にも角にも生き長らえてきた。親しかった同年配の友人の約半分は既に鬼籍に居る。人生とは文字通り人が生きることである。それはサバイバルゲームの一つともいえる。
 そのなかで運よく勝ち組側の仲間入りを決めたことを素直に喜びたい。他から「いつまでも長生きして下さい」と励まされても、先々は自分でも予測し難い。「はい頑張ります」と応える勝ち越し力士の気持ちがよく分かる。
 明日も今日と同じく、自分で決めた一日のルーチンを着実にこなしていこう。「一日一番」、「日々是好日」を旨として。

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