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エッセイ・コラム

コロナを逃れて…

西川 武彦

 コロナ騒動の今夏、八ヶ岳山麓・標高1300mの富士見高原にある山小屋に潜んでいます。富士見町は、雨が少なく、湿気が弱いので、その昔、軽井沢からアララギ派の多くの歌人たちが移ってきたところです。ログハウスの小屋は、森が太陽を適当に遮ってくれるので、室内は25℃前後だから冷房は不要です。

 一帯には、「富士見高原の自然と文化愛好会」なる緩い親睦会があり、170名ほどが、各種趣味の会を催して楽しんでいます。四十数年前に別荘族が立ち上げた箍の緩い親睦団体で、最近では都会の家を処分して、居住地をこちらに替える方が増えています。他方では、雨戸が閉まったままで寂しそうな家も多いのは、世代交代などが上手くいかなかった等々の事情があるのかもしれせん。前掲の愛好会には、合唱、弦楽、その他数多くの趣味の会がありますが、今年はコロナで、殆んど休会中なので寂しい感じです。

 活動の一つに「田んぼ倶楽部」というのがあり、15名余りの男女が、二反の棚田で、あきたこまちやもち米をつくっています。平均年齢は70代後半でしょうか、83歳の筆者が最高齢です。無農薬だからか実に美味しい。十五年続いています。
 棚田だから、田植えが終わると、水田を賑わす雑草の駆除に加え、畔の斜面の草刈りも欠かせません。電動の除草機で、隔週の土曜日、ふらつきながら、半日汗をかきます。白鷺が舞い降りて目を癒してくれることもあります。

 涼しいとはいえ、山荘のベッドで仮寝を貪るだけでは呆けるので、町に下りて、図書館から借り出しては読書しています。仰向けに寝転んでページを捲れるサイズの新書や文庫本などです。硬軟混ぜて選びます。軟の代表は、「シルバー川柳」シリーズ。発刊されたのは全て読み終わったので、次が待ち遠しい。今週読んだ最新号の表紙を飾る句は、「ブログより コンロ炎上 気をつける」です。一気に読み終わると、台所のガスがピーっと鳴っていました。

 読みたいけど、図書館にないのは、やむを得ず、財布のひもを緩めて求めます。今週は、友人が勧めてくれた石井妙子さんの「おそめ」。高度成長の頃、銀座は木屋町で文壇の名士が集ったバーの伝説の銀座マダムが主人公で、彼女の生涯を描いたものです。文庫本ですが、500頁弱でずっしりと重い。
 その昔、筆者が接待などで銀座に足繁く通ったのは、東京五輪の頃ですから、少し時代がずれていることと、通った店のレベルが違うため、記憶にはありませんが、高度成長時代の銀座を偲ぶには絶好の一冊です。走馬灯で巡る懐かしい思い出を巡らしながら、魅力あふれる主人公・秀さんの魅力あふれる笑顔が表紙を飾る文庫本を枕元に置いて、真夏の夜の夢を求めています。(完)

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