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エッセイ・コラム

焼き芋

池田 隆

 雪がしんしんと降る夜、薪ストーブからアルミフォイルに包んだ焼き芋を取り出し、かぶりつく。ほくほくの甘さが堪えられない。その時の恍惚感に誘われ、菜園の畑にサツマイモの苗を植えつけた。苗は30センチほどの長さで、一本の太い根に数枚の葉と細い根毛が数か所についている。
 当初の葉はしんなりとして大丈夫かと心配したが、やがてその脇から元気のよい若い葉がつぎつぎと出て、横に広がっていく。「土の中にも大きな芋が沢山出来ますように!」、芋掘りが楽しみになってきた。
 そのサツマイモの葉を見つめていると、急に小学五年生だった頃の記憶が蘇ってきた。終戦後間もない昭和24年のこと、世の中はいまだ食糧難に喘いでいた。父がサラリーマンで、農村に伝手のない市街生活者だったわが家族は、母が毎日食料探しに奔走していた。
 悪ガキの私は放課後夕暮れまで、野球をする時以外は友達と近郊の山や川や畑などに遠出し遊び回っていた。それにつけても腹応えがあり、甘いものに飢えていた。他所さまの柿やビワの樹から、実を失敬しては走って逃げたものだ。

 ある時、仲間のボスが耳寄りな情報を得てきた。家の近くにリヤカーに薪炊きの窯を載せ、「石焼き芋!」と大声で売りに来るオヤジに芋二本を持っていくと、一本は焼いて返してくれるという。彼の命令一下われわれは山間のサツマイモ畑に忍び込み、芋掘りに精を出した。
 さらに図に乗り、今度は授業の一環で校庭の一角に三年生が植えていた芋畑に入った。ところが先生に見つかってしまい、仲間全員がひどく叱られる。とくにボスと副将格だった私の二人は、母親も学校に呼び出され、こってりと絞られた。以来しばらくの年月、焼き芋は私の中でタブーであったが、その記憶が消えるに従い、いつしか大好物に戻っている。

「この畑の収穫時には苦い記憶が蘇りませんように」と天に祈る。すると先生をはじめボスも、ボスの母親も、私の母も苦笑いをしながら私を空から見下ろしていた。

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