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エッセイ・コラム

大学教育の潮流に思う

池田 隆

「日本の高等教育の潮流」と題する、日本屈指のT私立大学の学長の最終講義を兼ねた講演を聴いてきた。私自身も企業を定年退職した後に、国立大学で六年間ほど教鞭を執ったが、その頃は大学教育の在り方や方策について真剣に考え、また自ら実行に移していた。だが大学から離れたこの十数年間はその関心も薄れがちで、久々に当時を思い起こす。
 現在の大学教育には、50%を越す進学率への対応や急速に進歩したITの活用が必須となり、活発な国際交流や社会との連携強化も強く求められているとのこと。それにより大学教育として専門知識や基盤学力に止まらず、異文化社会や自然界の理解、情報収集やコミュニケーションの能力増進、倫理観、創造的・論理的思考力など人間力 (教養)の強化が叫ばれている。
 具体策として、中教審や文科省はインターンシップ(社会実習)、インターラクティヴ教育(双方向授業)、ファカルティ・ディベロップメント(学生や第三者による授業評価)、シラバス(講義実施要綱)などを推奨しているという。
 私自身は以前に同様な教育法を積極的に試みたことが有った。しかし当時の大学風土に阻害された覚えがある。大学や大学教員に対し、目に見えにくい教育効果より目立ちやすい研究成果を重視する社会的評価の制度や慣習があった。また大学教員側にも一般社会人に比べ、社会や学生に対する優越意識、社会性の不足、建前本音の巧妙な使い分けなどの職業的特徴が強かったように見受けた。今もその風土はあまり変わっていないのでは。
 仮に私が現在の文科大臣だったら如何なる具体的な文教政策を打ち出すだろうか。

  • 大学志願者全員を対象に共通の受験資格試験の実施
  • 教養・専門を問わずルーチン的科目についてはIT・AI方式の個人学習を全面採用し、大教室におけるマスプロ講義の廃止
  • 研究課題毎の小集団学習(ゼミ、輪講、論文、実験、実習、クラブ活動など)に主体をおく教育
  • 学士課程修了時に第三者機関による個人毎の能力を判定した上での資格授与(米国技術者認定制度PE/FEや英語のTOEFLのような試験)
  • 大学教員と一般社会人との活発な人事交流制度

などが思い浮かぶ。

 だが、受験者減少を厭う私立大学の運営者、旧弊や既得権益を守りたがる学者、本音では教育成果の明確化を嫌う大学関係者、彼らの抵抗は今なお強いことだろう。
 高等教育に関し高い識見と強い政治力を持つ指導者の出現を期待しながら講演会場を後にした。

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