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エッセイ・コラム

ご隠居の観劇

西川 武彦

 NHKテレビの朝ドラを楽しんでいる。アメリカンブレックファストを、漆塗りの赤い角盆に載せて、黒い革張りのソファに沈んで観るのが習慣になっている。いま放映されているのは、7時15分からは、乙羽信子が演じる「おしん」で、それに続いて7時半からは「スカーレット」。

 前者は1983年から84年にかけて放映され、平均視聴率は50%を超えたといわれる朝ドラの最高傑作の再放送である。筆者は香港に単身赴任中で、アジアオセアニア地区を飛び回っていたこともあり、あまり観た記憶がないが、日本に戻っていた家族は毎朝の放映が待ち遠しかったという。
 後年、中国を含むアジアを中心に海外でも大ヒットした。明治・大正・昭和にわたって、貧困・戦乱・復興と激しく変動する時代を、たくましく生き抜いた主人公・おしんの女一代記が、似たような変遷の中にあった国々で共感を得たのだろう。

 対して、「スカーレット」は、現代のお話。主役は信楽焼を追求する女性だ。家族との葛藤を含めて、試行錯誤しながら、たくましく理想を追求する。彼女を取り巻く家族や友人たちも巧く演出されている。
 筆者のお気に入りは、明るいテーマソングに乗って、茶色の粘土が、捏ねられながら、さまざまな形に変わっていき、最後は信楽焼の器に仕上がる一連の流れだ。色や形が、なぜか朝食を食べたあとトイレに籠って排出するものを連想させるから可笑しい。朝食を平らげる頃にドラマも終わり、お皿を洗うと新聞を抱えてしかるべきところに直行する。スカーレットという題名もスカーっとさせてくれるではないか…。

 今日は、一連の朝の仕事が終わり、午前中にパソコンで雑用を処理すると、午後は観劇に出かけた。我が家の一階でホームシェアしている若い女性の役者さんが、新宿はゴールデン街の劇場でデビューするというのだ。 出しものは、〝ANGRY OF TWELVE”。大分前に評判だったアメリカのテレビドラマで映画化された法廷もの「十二人の怒れる男」の、日本人による日本語の劇場版だ。映画の十二名は男性だったが、今回は半分が女性という構成だ。
 有罪を主張する十二名の陪審員が裁判の進むなかで次々と無罪に変わり、遂に全員が…、という皆さんご存じの筋書き。映画とは一味違うエネルギッシュな若い男女たちによる日本版は、しっかり観客をひきこむ迫力ある演出だった。

 久しぶりに訪れた歌舞伎町のゴールデン街だが、時間が早いので、ぎっしりと並んだ懐かしい店は扉を閉めて、昼寝中だった。日をあらためて、夜に徘徊するかと、ご隠居はつぶやいている。

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