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エッセイ・コラム

「眠れぬ夜に読む本」~隠居のつぶやき

西川 武彦

 年のくれに標題のエッセイ本を読み終わった。著者は、ユーモア随筆「狐狸庵先生」などで知られる遠藤周作さん。筆者は彼の愛読者で、硬軟の著書を数多く読んでいる。
 毎晩、ベッドに入ると、仰向けの姿勢でページを繰った。面白い。雑誌の連載物を一冊に纏めたものという。夕食のワインが効いて、十分も読めば目を閉じるから、三〇〇頁弱の柔らかい文庫本を読破するのにひと月は要した。情けない。

 読書といえば、航空会社で働いた現役時代は、数多い海外出張の機内での楽しみの一つだったと記憶している。携帯電話も普及していなかった時代だ。スマホのメールやインターネットで機内でもゆっくり休めない昨今とは違い、航空機のドアが閉まり、機内誌にざっと目を通すと、雑事を忘れ、持ち込んだ文庫本や新書のページをひたすら捲ったものだ。読み終わった本は、出張先への安上がりのお土産に化けることもあった。
 ビジネスクラスなどゆっくりできる座席の場合は、後ろの席が空いているところを選び、思いっきり座席の背をリクラインさせて読んだものだ。勿論、ワイングラスをテーブルに置いて…。

 それが今ならどうか。飛行機に乗ったら、ゆっくり休んで疲れを癒すという生き方というか、過ごし方は消えてなくなり、機内でもあわただしく連絡や仕事をして、疲労をためているお客様が多いようだ。空港へ向かうときも、歩きながら、あるいはバスや電車の中で、スマホに目を走らせる。空港の待合室でもしかり。
 閑話休題。

 話は読書に戻る。次は何を読もうか。読み終わった本が面白いと、そのカバー裏に『絶賛販売中』と紹介されている本の群から、同じ系列のものを選んで求めることがよくある。二十年以上前に出版された表題の本のカバー裏に並んでいる三十冊のなかでは、遠藤周作物なら「愛と人生をめぐる断想」、吉行淳之介の「春夏秋冬 女は怖い」などが興味を惹いたが、年明け早々に八十三歳の誕生日を迎えた高齢者が寝床で読む本としてはいかがなものか…。
 昨年末、当ペンクラブの川柳愛好会で、特選に選ばれた拙句「落とすのは 昔は女 いま財布」(酔雅)を思い出しながら、ご隠居は寂しくつぶやいている。

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