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エッセイ・コラム

Russian Romance 前奏

三 春

 1月16日に催される「企業OBペンクラブ」の新年行事は、ニキータ山下さん(声楽家・翻訳家)と後藤ミホコさん(アコーディオニスト)によるRussian Romance公演である。

 ニキータさんは満州・ハルビン生れ(1937年)で、ロシア語を第一言語として育った。終戦で引き揚げてきてからは日本語の習得に苦労したらしいが、国立大以外への進学は認めないという父親の方針で猛勉強した甲斐あって東京芸術大学の声楽科に合格した。卒業後は東京芸大出身者4人から成る「ロイヤルナイツ」というコーラスグループでバリトンを務めるが、仲間にロシア語歌詞の発音を徹底的に仕込んだため、本格的なロシア語で歌える稀少なグループとしてソ連ではビートルズよりも人気者、40都市で計500回も公演したそうだ。この人を知らないロシア関係者はもぐりだと言われるほど超有名人とのことだが、私はまさにその「もぐり」だった。

 ソ連では人気ナンバーワンでも日本では売れず、アニメ主題歌(宇宙戦艦YAMATO、サンダーバード、タイムボカン)や、CM(洗剤のダッシュ)の吹込みなど。安定した職業を望む家族のためにメンバーは解散し、それぞれ別の道に進んだ。ニキータさんは某商社のモスクワ代表の席を得たものの、KGB絡みのトラブルで強制送還されて商社とも関係悪化、やむなく翻訳者に転向した。

 私がニキータさんと知り合ったのはちょうどその頃、ロシア語翻訳会社でのことだった。個人が催したサロンコンサートを契機に、離ればなれだった4人が集まってロイヤルナイツを再結成したのが87年、二足の草鞋を履くこととなった。ところが、社長一家のお家騒動で翻訳会社は空中分解。お家騒動と労働争議に明け暮れた88年の12月、ニキータさん、徳さん、私の3人は共同出資で新たな翻訳通訳会社を立ち上げようと決心した。翌89年(奇しくも企業OBペンクラブ発足と同年)、“Boys, be ambitious!” に因んで新会社をAMBIXと名付け、まずは順風満帆の船出。

 船出から三十年、ロシア語オンリーだったロシア人も流暢な英語を操る時代となり、AMBIXの需要は激減、これが潮時と休業を宣言した。ロイヤルナイツのほうもメンバーの故障や後援者とのトラブルが相次いでひっそり。こうしてニキータさんは、過熱気味のサイドビジネスに眉をひそめる鬼の共同経営者(私)と衝突することなく自由に活動できる環境を得た。鬼のほうも肩の荷が下りて、今や温かく見守っているという次第。

 皆さん、今年83歳を迎えるニキータさんのロマンスをどうぞお楽しみください。

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