作品の閲覧

エッセイ・コラム

ローカル線普通列車の旅 ⑦ ~小海線~

斉藤 征雄

 三日目の朝食は和洋バイキングだったが、昨晩飲み過ぎた私は全く食欲がなく、三人がもりもり食べるのを信じられない思いで眺めていた。酒は見るのも嫌の心境で、昨日ちょっぴり飲み残した大吟醸の瓶を部屋に置いてきたと言ったら、S氏、M女史からマジに怒られた。

 小海線は、小諸を出ると沿線には思った以上に住宅が多く、通勤通学の足に使われているようである。S氏が「秘境線の雰囲気がない」と不満げにいうと、N氏が「小海まではこんな感じです。小海を過ぎると変わりますから」と解説する。手持無沙汰のS氏は、やおらワンカップを取り出してN氏、M女史にも勧める。私は、酒にはもちろん見向きもしない。  1時間少し走って、ようやく小海駅を過ぎた。たしかに標高がだんだん上がり、千曲川が次第に狭く急流化して風景が変わってきた。秘境路線の雰囲気になってきた。  信濃川上という駅が近づいたとき「この川上村の奥に甲武信岳という山がありそこに千曲川の源流があります」との車内放送があった。甲武信岳は甲州(山梨)武州(埼玉)信州(長野)からとった名前で三県の県境に位置する。その長野県側の斜面が千曲川の源流とのことである。実は昨日飯山線の車内でその話が出て、S氏が千曲川の源流は長野―山梨県境だと言うのを私は信じられなかったのだが、S氏が正しいことがわかった。甲武信岳の東側は埼玉で荒川の源流、南側は山梨で笛吹川(富士川)の源流になるようだ。分水嶺がずいぶん南にあることに驚いた。千曲川は最後信濃川となり367kmを流れて日本海に至る。

 小海のあたりから霧が出てきた。標高が高くなるにしたがってますます濃い霧に覆われてきた。やがて野辺山駅に着いた。ここがJR鉄道の最も標高が高い駅である。そして山梨との県境、野辺山―清里間にJR鉄道最高地点(1375m)があるという。N氏がバッグの奥から小海線の路線標高図を取り出してみんなに回覧した。
 N氏の鉄道マニア振りは「半端ない」ものである。OBペンクラブの月例会で「鉄道の安全は如何にして向上してきたか~戦後日本の重大事故の教訓~」という専門家顔負けの講演をして会員を驚かしたこともある。そして「乗り鉄」であり「撮り鉄」である。この旅も今日で三日目だが、N氏の撮り様はすさまじい。500枚以上撮ったという。重い一眼レフを時に応じて片手で持ってシャッターチャンスを捉える技術は並ではない。そして「飲み鉄」でもあり、われわれと付き合ってくれるのがまたうれしい。

 列車は下りに差し掛かっていた。天気がよければ八ヶ岳が見える筈だったが、霧のため全く展望が効かなかった。しかしそれでも小海線を十分楽しめた。小淵沢が近づいてきた。私の体調もようやく戻ってきたようだ。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧