作品の閲覧

エッセイ・コラム

高原の家族 ~隠居のつぶやき

西川 武彦

 隔週で訪れる八ヶ岳山麓にあるログハウスでの楽しみの一つは、小鳥たちとの再会です。朝食の時間には、テラスの柵に取りつけた自家製の飯台にひまわりの種を適当量入れ、大きなガラス窓を通して、可愛い小雀(コガラ)や山雀(ヤマガラ)たちが競ってそれを食べるのを眺めながら、American Breakfast をゆっくり食べるのです。餌の取り合いはせず、仲間や家族?たちがそれを啄むのを近接した大きな山桜の枝で待っていて、空が出ると飛び降りてきます。十年ほど前、屋根の庇(ひさし)に巣を造って、孵化した数羽がそこから森に飛び去ったことがありました。かれらの末裔かもしれません。

 200世帯弱で構成する別荘村の親睦団体「富士見高原の自然と文化愛好会」(SNAC)で、筆者の前任の代表だったNさんを偲んでここまで綴り始めたら、野鳥の専門家として知られる大先輩が、少し硬い表情でお話しになったことを思い出しました。「野鳥に餌をやってはいけない」という訓示です。野鳥は森にとって大事な共生者で、彼らが害虫などを餌として啄むのが自然の森を保つのだから、餌をやるのはいかがなものか…、というお話しでした。
 今から28年前、富士見高原に山荘を建て都会と棲み分ける生活を始めた頃、管理会社を通して親睦団体「SNAC」を知り、即入会しましたが、その時の会長さんがNさんでした。
 その団体を通して、町づくりにも関わり、海抜1100mの棚田を二反借用して、仲間と無農薬の米作りもやっています。

 NHKにおられたNさんは、日本各地で生録音された野鳥の声を放送する番組の責任者を長らく務めたその道の大家です。同氏の引率する早朝のバードウオッチングでは、何度参加しても、最後まで鳥の声を判別できない劣等生でしたが、お蔭様で小鳥を愛することを知って、如上の風景に到ったわけです。
 小鳥たちは餌を皿に載せてくれる爺さんが近づいても逃げようともしません。平均寿命をこえた爺様なら手を出すまいと思われているにちがいありません。天上のNさんがにやにや眺めているかもしれません。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧