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エッセイ・コラム

「コートールド美術館展」から-二人の女

藤原 道夫

 9月半ばから上野の都美術館で「コートールド美術館展」が開催されている。この美術館は、イギリスの実業家S.コートールド(1876~1947)が自らの審美眼により印象派中心の絵画を蒐集し、後にコレクションをロンドン大学に寄贈して創設された。今回は作品60点と資料が展示されている。以前からぜひ見たいと思っていたマネの絵が含まれているので、早速見にでかけた。以下に注意深く鑑賞した二点の絵画についての感想。

 先ず「フォリー=ベルジェールのバー」(E.マネ 1882) 当時流行の服装を身に着けた若い女が中央に描かれている。首から黒い紐に結ばれた白い大きなペンダントを下げ、その下胸元にオレンジ色の花を付けている。腕を少し広げて大理石のテーブルに手をついて正面かやや下に目をやっている。表情はうつろで孤独感が漂っているかのようだ。とはいえ若さゆえの生気も発散している。手の脇にはシャンパンなどのビンやガラスの器に入れられた果物が置かれている。若い女はこれらの売り子だが、自身も買われる身なのかもしれない。彼女の背後は鏡になっていて、明るい照明のもとで飲み食いしながらショーを楽しんでいる客たちが映っている。サーカスもできるほどの大きなバーだ。
 不思議なのは向かって右手に映っている女の後ろ姿とこちら向きの紳士。解説によると女は中央に描かれた売り子の後ろ姿だという。しかしながらどう見ても二人の体型が合わない。紳士の立っている場所も推測し難い。画家は時に遠近法や投射位置を無視することもあろうが、女の顔の向きが違っている。鏡に映っている二人は、正面の売り子とは別のペアで、紳士がまさに女と交渉している場面ではないだろうか。売り子はそれをしっかり見聞きし、やがて回ってくるであろう我が身のことに思いをめぐらせているのではなかろうか?

 もう一点の絵は「桟敷席」(A.ルノワール 1874) 絵の真ん中少し左寄りに白黒縞模様のドレスで着飾った女がオペラ劇場の桟敷席に座わり、ぼんやり前を向いている。若い女特有の色香を漂わせていながらも表情に生気がなく、まるで放心状態のよう。手に仕方なしに花束を持っている様子で、それは背後に居るパトロンらしき紳士からのプレゼントだろう。彼はオペラグラスを手にとり、向い側の桟敷席を覗いて何かを探っている様子。二人は一緒にオペラを見ても心を通わせることはなさそう。

 これら二点の絵が描かれた19世紀後半は、ナポレオン三世の命により、セーヌ県知事G.オスマンの采配によってパリ市街の大改造が進められた時代であった。フランスの産業革命が進展して近代都市パリに多くの人々が流入し、娯楽施設も格段に発達した。以前から暗躍していたドゥミ・モンド(高級娼婦)は引き継がれていたし、街娼が一段と多くなったとされている。上に取りあげた絵の中の二人の若い女もそんな世界に属すのであろう。疎外感を表す女性は時代の背景をしっかり背負っているのだ。一方で時代を越えて見る人たちの心に訴えかけてくる魅力も持ち合わせている。これこそ画家の力量だろう。そんなことも感じながら楽しんだ展覧会だった。

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