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エッセイ・コラム

タービンのおっぱい

松浦 俊博

 昔から蒸気タービンの部品には面白い名前がつけられる。蒸気を導く配管をタービン入口の部屋に結合する部分には、流れをスムースにするためにふくらみを持たせ、それを「おっぱい」と呼んでいる。学会用語ではないけれど機械屋にはわかりやすい。
 機械屋は彫刻家に似て物の形を頭に描くのが得意だ。そのせいか、機械部品には身近な名前を付ける。例えばネジについては、学会用語でもオ(雄)ネジ、メ(雌)ネジと呼び、わかりやすい。また、小口径配管の結合部に使用するねじ締結部品をニップル(乳首)と呼ぶ。機械に人の温かみを感じられる名前である。

 私が携わっていたタービン翼は、飛行機のエンジン入口のファン翼に似た形の部品で、表裏がそれぞれ凸面と凹面の曲面形状になっている。昔から凸面を「背側」、凹面を「腹側」と呼ぶ。良い名前だと常々感心している。海外の学会用語ではconvex (concave) sideと凸面(凹面)そのままの呼び方をするが、温かさを感じられなく味気ない。一方、「背側」という呼び方は、湯浴み女性の背中から腰を思い起こさせて美しい。ルーブルにあるミロのビーナスの背中にも似て見える。自分で設計した翼の「背側」を何度も撫でて、しっとりした滑らかさを確かめるのが習慣になっている。
 タービン翼の中央にある小さなでっぱりは、英語ではnubとそのままの呼び方だが、我々は「乳首」と呼んでいる。正にその形状であり絶妙な名前だ。翼を回転軸に結合する部分についても、その形により鞍形、クリスマスツリー形、フォーク形など身近なものの名前を引用して、形状を連想しやすくしている。

 タービン翼の本体についてもいろいろな呼び方がある。美しい翼を、機能だけ考えてバケツ(Bucket)とかシャベル(Schaufeln)と呼ぶ無神経な外国人もいる。やはり美しいものにふさわしく、剣の刃(Blade)と呼ぶべきだろう。私が師匠と仰ぐ彫刻家ミケランジェロのように、頭の中に美しい形状が明瞭に浮かんで初めて良い機械を設計できるものだ。

 以前、宴会でこのような話をした時に、先輩が「あんたは、成長の跡が見られないね」と温かいお言葉で苦笑いされていたことを思い出す。

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