作品の閲覧

エッセイ・コラム

くさや・ふなずし・とうふよう

大平 忠

 今朝、NHKテレビの「小さな旅」で、八丈島の名物「くさや」の干物が紹介された。昔、最初は魚を塩水に漬けて作っていたが、この塩水に次第に魚の養分が溶け出して、長い月日が経つにつれ、塩水が変化して漬けた魚の旨味と臭みが増すことが分かってきたのだという。
 30数年前、大阪に単身赴任していた頃、勤務先の単身赴任者用の寮に入っていた。6、7人の小さな寮だった。あるとき、世話になっている寮のおばさんに、「くさや」の干物を土産に持って帰ったことがあった。その日は日曜日。夕方には私も寮にいた。突如、寮のおばさんの「助けて〜」という大きな声が聞こえてきた。このおばさんは、元気がよくいつも大きな声なのだが、更に大きい声で叫んでいる。台所へ急ぎ行ってみると、おばさんは庭へ飛び出して喚いている。台所は、「くさや」を焼く匂いで充満していた。「こんなくさいものは生まれて初めて!なんなのこれは?」と、顔をくしゃくしゃにしている。台所から匂いを追い出すまで、家の中に入ってこなかった。このおばさんは、鹿児島の出身で、「くさや」なるものは、聞いたこともなかったらしい。
 「こんなものはもう買ってこないで」と、言われてしまった。今でも、おばさんからの年賀状を見るたびに、「助けてー」の声を思い出す。

 やはり、大阪時代だった。琵琶湖のほとり長浜に得意先があった。ここの社長は、琵琶湖で冬は鴨を打ち、春は鮒を捕っていた。免許だか資格だかも持っていた。初めて挨拶に行った時に、「鮒寿司・ふなずし」なるものを出された。鮒が姿のまま出され、腹のなかには飯が入っている。とにかく恐ろしくくさい。二種類出されて、一つは初心者用だという。なんでも匂いをやわらげるように、酒粕で漬け直したものだという。これはなんとか食べられたが、本物の「鮒寿司」の方は、匂いに辟易して手がつけられなかった。「鮒寿司」は、まず塩漬けしてから、取り出した内臓の後の腹に飯を詰め、再度漬けこむ。早いもので1年近く、長いものでは2年もの3年ものというのもあるそうだ。
 何回か長浜に通ううちに、初心者用だけでなく本物も食べられるようになり、次第にその旨さが分かるようになってきた。しかし、この得意先を何年も担当して、ついに「鮒寿司」を食べられなかった者もいた。この猛烈なくささは、「くさや」と比べても甲乙つけがたいと思うが、いや「くさや」どころではないという男もいる。

 今から10数年前に、高校の級友たちと沖縄へ旅行したことがあった。その時、紀文に勤めていた友人が、「豆腐よう」なるものを差し入れしてくれた。沖縄に「紀文」の関係先でこれを作っているところがあるとのことだった。
 私は今まで、「豆腐よう」なるものは、中国の皇帝の食べ物だったということは聞いていたが、見るのも食べるのも初めてだった。友人の説明によれば、琉球王とか王族の食べ物だったらしい。やはり中国から渡来したもののようだ。
 四角いサイコロ状の形で、豆腐を麹と泡盛に漬けて作るのだという。すこぶる旨い。チーズのようにねっとりとして濃厚な味わいがする。匂いが独特である。しかし、この匂いは、くさいと言った仲間もいたが、食べる障害になるほどではない。泡盛に漬けただけあってアルコールも効いている。沖縄の焼酎によく合った。飲むほどに、王侯貴族の気分になってくる。
 友人に、あまりうまいうまいと言ったせいか、沖縄から帰ってから、また送ってくれた。焼酎以外、ビール、ウィスキーにもいい。サイコロ状といっても、
 一辺1cmちょっとなので一つが小さい。楊枝で大事に突っついて食べないといけない。これが玉に瑕である。

 福岡へ来て3年。「豆腐よう」は嬉しいことに、福岡でも売っているが、「くさや」と「鮒寿司」は、どこにもない。あの「くさい」匂いが無性に懐かしくなってきた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧