作品の閲覧

エッセイ・コラム

「ガラホ」

西川 武彦

 平成最後のサラリーマン川柳、入選句が1月末の新聞に掲載された。筆者が注目した時世を映す秀句はこれだ。「家にいて 娘と会話 ラインにて」
 100時間残業が云々された筆者のサラリーマン時代とは違うとはいえ、今でも勤め人の一家なら、子供とのすれ違いが多いに違いない。それが、たまに会っても、笑顔と声で言葉を交わすことなく、ラインで用を足すとはいかがなものであろうか…。

 そんなことを考えながら、ふと紙面から頭を上げると、近くにいた老妻が、ラインを操って忙しそうにしている。誰かと会話しているらしい。10分も続いただろうか。やっとスマホの画面から顔を上げるタイミングで訊いてみた。
 と、折り返していわく、近くに住む長男の嫁さんと、孫兄弟の中高のお受験と発表日の日取りを巡って、LINEでやりとりしていたようだ。画面を繰って、一連の会話の模様が判明したが、その間、会話の声なし、音なしである。相手の顔も映らない。今様かもしれないが、なんだか寂しい感じがしないでもない。

 他方では、なぜか取り残されたような不安を払しょくされないでいると、それを見越したように、近くのAUの営業所から案内がきた。一度是非ご来店をという。眠っていた新し物好きの本能が82才を怪しくくすぐった。
 早速そこを訪れると、待ち構えた美女スタッフが、鼻の下の長い隠居に、にこやかに対応。分かり易いチャートを持ち出して分かり易く説明したようだが、ご隠居の額から皺がとれない。数分の会話でこちらのレベルを察した先方は、若者が持っているのと同レベルの機器は無理と賢察した。戦略をすばやく転換して、スマホの機能もある程度備えた、携帯と同じ形で同じ使い勝手の折り畳み式があるというではないか。しかもガラケイより安いという。年金暮らしのご隠居への適切な殺し文句だ。
 こちらがコクンと頷くのを見て、先方は、ガラケイと同じ形式・サイズの「ガラホ」なる機器を持ち出した。画面を繰って簡略に説明すると、「機能的にはガラケイよりスマホに近くて、何かと便利ですから、これでいかがでしょう?」と、首を傾けてニッコリ。決まりである。

 話をラインに戻す。このところ連日のようにテレビで報じる国会での与野党質疑は、問う方も答える方も、相手をちらりと見ながらも、殆どは下を向いて官僚などが作成した書類を読んでいる感じだ。予め質問趣旨が相手に伝えられ、答弁書が準備されているのだろうが、いささか味気ない。アホノミクスとも揶揄されるアベノミクスの是非などを巡って、そのうちLINEで質疑ということにもなりかねまいと、ご隠居は呟いている。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧