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エッセイ・コラム

浜辺の友 3

大平 忠

 浜辺の友Dさんと知り合って、2年半になる。2週に1、2度のよもやま話も、猛暑の頃はお休みしていたが、涼しくなって再開した。場所は、近くのイオンモールの休憩所が多くなった。広いのに、いつも空いている。何よりコーヒー100円なのがいい。
 Dさんは、6月に89才になられた。とはいえ、記憶力は私以上である。先月は、葉室麟原作『散り椿』が映画化され、前評判がいいというのでその話になった。私は『散り椿』は以前読んだのにすっかり忘れてしまった。Dさんは、肝心のところは覚えておられた。次の週には、二人とも映画を観に行って映画の感想をひとしきり話し合った。
 話題としては、いつも本の話が多い。感心するのは、本を大事に取り扱われることである。まず、本の下部に巻いてある「帯」も大切にされる。私は、学生時代から、こんなものは本作りに余計なものだと、本を買ってくるや捨ててしまっていた。ところが、Dさんは「帯」に誰がどういうコメントをしているか、これが面白いのですと言われる。なるほどと思い、遅ればせながら態度を改めることにした。
 Dさんは、書店で本に必ずカバーをしてもらい、読むときはその上にさらに黒皮の読書カバーをかけて読む。本そのものに対する愛情が深いのである。
 香椎浜にある本屋にも、私以上に顔出しされているようだ。新刊本で何が出ているかも大変詳しい。文庫本については、博多駅前の「紀伊国屋」で、翌月の発行予定のリストを入手される。目を通されて、葉室麟のこれこれがいつ出ますよと教えてくれる。葉室麟については、お互い単行本は読まず文庫本しか読まないので、作者が亡くなっても文庫本はまだまだ発刊が続いているのである。

 本の話に飽きると、食べ物の話に移ることがある。先日は、長崎のカステラの話になった。私は文明堂と福砂屋しか知らなかったが、長崎出身のDさんから、他に「泉屋」「松翁軒」ともう一軒の名前を教えてもらった。さっそく「松翁軒」の出店を博多で探して買い求めた。なるほど一味違っていることが分かった。
 Dさんは、お酒を飲まない代わりに大の甘党である。全国の銘菓で、これはと思うのが三つあるという。大分の「ざびえる」、松山の「薄墨羊羹」、そして松本・開運堂の「老松」。「ざびえる」は福岡でも手に入ったが、松山と松本のものは注文して取り寄せてみた。Dさんが推奨するだけあって、いずれも絶品だった。菓子にも風格を感じた。かといって、Dさんは高級菓子だけではなく、人形町の鯛焼き「柳屋」、上野のあんみつ「蜜蜂」もちゃんとご存知なのだ。

 話をする時間は、なんとなく2時間を目処にするようになった。終わると、どちらかあるいは二人とも、渡された奥方からのメモに従って命ぜられた買い物をイオンでして帰る。そして、Dさんは、「今やしもべのジョナサンです、家庭の平和をこれで維持しています」と言われる。私も無論右に同じである。

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