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エッセイ・コラム

鳥から飛行機へ

松浦 俊博

 16世紀のフランスの哲学者ルネ・デカルトの方法論は、その後のヨーロッパ機械文明に大きい影響をおよぼした。飛行機開発も、鳥の羽を真似ることから始まり、機能を要素に分割して再構築するというデカルトの方法論が適用された。すなわち、空気から揚力を得るための固定主翼、推進力を得るための動力、姿勢安定のための尾翼などが飛行機の基本構造に取り入れられた。しかし、これらは鳥の多彩な空気力利用のほんの一部に過ぎず、高速飛行の要素以外を置き去りにしたようにみえる。
 鳥にもいろいろなタイプがあり、渡りをする海鳥のように遠距離を飛ぶ鳥は流線形の体と長い羽をもっている。ワシやタカのように上昇気流に乗って旋回と滑空を繰り返して、上空から獲物を見つけて急降下・急上昇する鳥の羽はあまり長くないが面積は大きく、羽先端の初列風切はまばらな羽から構成されている。鳥の飛行には、離着陸の巧みさ、羽ばたき、スピードによって羽の形を変えること、風の捉え方など、まだ飛行機の構造に利用されていない要素がふんだんに含まれる。飛行機は色々な鳥の優れた要素をもっと多く取り入れられないだろうか。
 最初に、スピードによって羽の形を変える構造だが、鳥はスピードが遅いときには羽の先端にある丈夫な初列風切を大きく広げる。風切を構成している1枚ずつの羽には隙間があり、その隙間も大きく広げる。これにより大きな揚力を得ているのだろう。そして、鳥は速度を増すにつれて羽をたたんで抵抗を小さくする。現在の民間飛行機はこれができないので、巡航時には大きめの翼を背負って抵抗の少し大きい状態で飛び続ける。一部の軍用機には可変翼が採用されているが、民間機の翼の先端側もたたんで小さくできないだろうか。高速飛行する鳥は、羽の初列風切が後退角のついた先細形状になっており抵抗を減らしている。最新鋭飛行機B787の主翼の先端形状がこの形に似ているのは嬉しいことだ。複合材料を全面的に使用した利点を生かせば、もっと鳥に近づけるように思う。
 次に羽毛構造だが、鳥の羽毛は外部の気流になびいて周囲の空気とともに体の表面を覆う層を形成している。飛行機の固い表面とは異なり滑りのある境界になる。この滑りにより抵抗は減るし、気流の乱れも緩和されて体に伝わる。羽毛により翼の後縁側がスプリット状に分割されている構造にも注目したい。翼の後ろに生じる渦を相互に干渉させることにより減衰させているのだろう。最近は飛行機にも、これらの技術が採用されようとしている。境界層吸い込みや、DREと呼ばれる前述の鳥の羽毛による翼後縁のスプリットに相当する構造のほか、羽毛の構造を模擬したリブレットと呼ばれる摩擦抵抗を低減する構造などについて、実際の飛行機で試験が行われている。また、滑らかな翼面を実現するため、翼面へのコーティングによる汚れの付着防止や、主翼前縁部のスラットによる段差あるいはスラット自体を無くす技術など、鳥の羽に近づいてきている。
 最後に離着陸についてだが、鳥は着陸時にはまず風下に向かって飛び、旋回して風上に向かいスピードを落とし、羽と尾羽を優雅に大きく広げてあっという間に着地する。離陸時は、逆の手順で羽ばたきながら優雅に舞い上がる。羽ばたきは羽を下側に打ち下ろすことにより前に進み揚力を得る素晴らしい動作である。スケートで横に蹴れば前に進むのとおなじメカニズムである。飛行機も離着陸時には風上に向かい、失速しないように不格好なフラップやスラットを張り出す。フラップには大きな力が加わるので、それをサポートする構造は不格好に大きいが、B787では複合材料の利点を生かしてかなりコンパクトな構造にまとめられた。羽ばたきを飛行機に使用するのはまだまだ先のことだろう。
 飛行の先達である鳥の高度な飛行特性要素をさらに取り入れた、わくわくする飛行機が出現するのを楽しみにしている。

注記 相原康彦名誉教授の手記を参考にさせていただきました。

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