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エッセイ・コラム

夫婦の会話

藤原 道夫

 年を重ねると、夫婦の存在は互いに空気のようになるといわれる。空気といっても、富士山頂のもあれば、きな臭い内紛地のもある。次に挙げるエピソードから、夫婦の間にどのような空気が漂っていると推測されるだろう。

その一 昔、平林寺(埼玉県座間市)に紅葉を見に行った時のこと、帰りのバスの中で聞いた会話が記憶に残った。途中でAさんが乗ってきて、シルバー・シートに掛けていたBさんと挨拶を交わす。すぐにAさんが話し始めた、「うちの旦那八月に定年になってさ、ずーっと家にいるのよ、いやだわねー。昼前は居間で新聞なんか読んでてさ、昼になると食堂に顔を出すのよ。何か作ってくれとは言わないの、食べたそうに椅子に座るのよ、いやだわねー。働かなくてもお腹が空くのかしらねー」、B「?……」。A「日曜日も家にいるのよ、いやだわねー。前はよくゴルフに出かけていたのにさ、どっかに行ってくれないかしら、いやだわねー」、B「……そうね」。
(こんな会話を夫が聞いてどう反応するだろう。Aさんは夫が何をするにもお金がかかることが分かっているのか。後日Aさん「私もう、別れさせて貰います。退職金と年金の半分は頂きます」なんてことを言い出したかも知れない。そんな婦が増えていると後日聞いた。)

その二 ある年の十月に「萩と津和野を巡る」団体旅行に参加した。周りを見ると自分だけ一人参加だった。多分、バス席に空きが出たので受け付けてくれたのだろう。二日目の夕食時、老夫婦の隣の席になった。お膳にうまくなさそうなふぐ料理などが沢山出てきた。夫「こんなに食べられないなー」、婦「だったら残せばいいじゃない」。食事中二人の間にこの会話しかなかった。
 翌日大型観光バスの中扉近くに座っていると、あの夫がのっそりと顔を出して言う、「おたく、一人ですか、いいですねー」、私「……えー、仕方なく」。夫は後から入って来た婦を黙って窓側の席に座らせた。
(老夫婦は自然と収まるところに収まっているようだ。)

その三 ここはある老人ホーム、夫婦物は少数派。夕食時には二人とも本を持ってきて読んでいるのを見かける。会話がほとんどない。お互いに空気のような存在になっている証拠か。夫が「さあ行こうか」と婦に優しいトーンで声をかけるのがせいぜい。ところが二組の夫婦が一緒になると、俄然賑やかになる。日頃の鬱積した気分を晴らしているかのよう。どちらかというと、夫の方がはしゃぎ気味、アルコールのせいもあるだろう。話題は、昔遊んだこと、今の病気のこと等々。

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