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エッセイ・コラム

二・二六事件(7)失敗のアナリシス

志村 良知

 決起軍から見たクーデター失敗の最大の原因は天皇の心の読み違いであった。
 このクーデターの目的は政治改革、目標は天皇である。しかし、決起軍がその目標を攻略するのにとった方法は、クーデターの実行者が直接目標に向かわず、本心も実力も不明な憲法上の有資格者に新政権を任せるという方法だった。コンテンジェンシー・プランは存在せず、クーデター実行者は結果として座して吉報を待つのみだった。
 普通の国のクーデターならば「頭」に全兵力を向けるであろう。取り巻く悪臣などは、目標を取り込んでしまえばいかようにでもなる。決起しなかった大部分の兵力といえども「頭」に抱き付いたクーデター軍には手出しできない。
 決起軍は宮城占拠と天皇の取り込みに全力を挙げるべきであった。髙橋邸襲撃の中橋中尉指揮する近衛歩兵3連隊第7中隊は、当日の宮城警備の控当番中隊という武力行使なしに宮城内に入ることができる特殊な立場にあった。この立場を利用して半蔵門を開けさせ、重機関銃を複数装備した安藤隊、坂井隊を率いれ正門である坂下門を野中隊500名ともに内外から制圧する。決起軍の中核であり、最も先鋭的な革命家だった磯辺、村中らは、陸軍大臣や陸軍参事官などの相手をしておらず、第1連隊決起軍とともに早朝一気に宮中に入って直接天皇に対峙する。埒があかないのなら退位させ、代わりを早急に立てる。

 もし、このクーデターに成功の目が少しでもあったとしたらこれしかない。しかし、これは現代の感覚を以ってしても「畏れ多い」行為である。決起軍将校たちにとってはアイディアとして頭をかすめることはあっても実行に移すなどとはとんでもないことであったであろう。
 天皇には直接手は出せない。悪政の原因である悪臣を全て取り除いてさしあげることで天皇は御心に沿った政治を行うことができる。こう考えたことで彼らの実行の限界が決まり、結果も決まった。クーデターは、たらればと忖度に満ち、極めて日本的であった。
 これに対し、立憲君主国の天皇は、憲法も内閣不在も無視して、中途半端なクーデターを容赦なくかつ明快に鎮圧した。決起軍将校の心など一顧だにしなかった。革命家磯辺浅一は天皇への怨嗟に満ちた言葉を残して銃殺されて行った。

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