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エッセイ・コラム

鯖のへしこ

三 春

 石川県金沢で福井県名物「へしこ」を買った。若狭の伝統食ではあるが、石川県や鳥取県などでも作られている。「へしこ」とは鯖、鰯、フグなどの塩漬けを米糠に1年ほど漬けこんだ保存食、なかでも「鯖のへしこ」は、鯖街道で若狭から京の都へ鯖を運ぶための保存法のひとつでもあった。その名の由来は、木樽に鯖を漬け込む(押し込む)ことを「へし込む」と言ったことが始まりといわれる。根室や釧路のサンマ糠漬けも、北前船がへしこの製法を伝えた結果らしい。
 鯖のへしこを見初めたのは10年ほど前、鳥取料理の居酒屋でのことだ。大根スライスとへしこ薄切りを交互に重ね、脇にレモンが添えられていた。へしこの塩気を大根が吸いとってくれて絶妙なハーモニー、ぎゅっと旨味の凝縮された逸品だった。

 金沢から戻って包みを開けると、分厚く糠をまとった鯖がでーんと丸ごと現れて、はてさてどうしたものかと戸惑った。そんな時に頼りになるのがインターネット、どうやらこの糠は丁寧にこそぎ落として別容器に取り分けておくべきらしい。いざ出陣とばかり、まずは頭を切り落とす。薄くそぎ切りにした身は大根スライスと抱き合わせ、厚切りは糠をうっすらつけたまま軽く炙れば、今や遅しと日本酒が待ち構える。翌日は細かくほぐしてチャーハンの具に。アンチョビ代わりに使えばイタリア料理にも活用できる。最も衝撃的だったのはその糠の乾煎りだ。おが屑のような糠が想定外の振りかけに変身した。
 乳酸菌で発酵した糠の味が魚に移って熟成されてへしこが出来上がるのだから、へしこの味は糠で決まるとも言える。鯖はDHAなどの含有量が青魚の中でもトップクラスで、ビタミンや鉄分なども豊富だ。へしこ研究の某教授によれば、発酵した米糠に含まれる乳酸菌は腸内でビフィズス菌などの善玉菌を増やしてくれるし、鯖は加工前に比べてアミノ酸が2倍以上に増えて旨味倍増。塩分が多くて身体に悪いかと思いきや、血圧上昇を抑えてくれるペプチドが5倍にも増える「健康食品」なのだとか……、ホントかなぁ。

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