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エッセイ・コラム

新台北事情(1)

西川 武彦

 一月末、厳しい寒さから暫し逃れようと台北を訪れた。五泊したのは、わが出身母体であるJALの系列ホテル「老爺大酒店」。東京駅に当たる台北車站からMTR(地下鉄)で一駅、歩いても行ける距離で、有楽町辺りのホテル街という感じのロケーションだ。施設・サービスも良く、レンガ調の外壁が気に入っている。
 1980年代半ば、開店早々の頃、駐在していた香港から出張して泊り、好印象が残っていたので選んだ。今回は、結婚五十年記念の「旧婚」旅行でもあるから、それに相応しい名前でもあった。
 三十余年ぶりの、台北は大変貌を遂げていた。中心部の街路沿いに並木が連なるのを含めて、筆者の大好きな札幌に似ている。桃園空港からの一時間、山々を望みながらの電車でのアプローチも、千歳から札幌までの風景を思い起こす。ネットを張り巡らせたゴルフ練習場が車窓から望めた。台北中心街に近づくと、新しい高層ビルの合間に古いのも混在して溶け合っている。
 空港内や電車内のアナウンスは必要最小限で、騒音ともいえる成田までの電車や空港内のひっきりなしのアナウンスを改めて疎ましく思い出す。今どきのジャパンでは、お客さんが聞こうが聞くまいが関係なく、無神経にアナウンスを流すのには毎度腹が立つ。責任逃れのために流しているとしか思えない。英語のアナウンスも流れるが、テープに収めたのを使うだけだ。先の駅での人身事故などで遅れるようなときには、日本語だけでしか放送しない。多分言葉の壁で放送できないのだろう。外客誘致促進という国策が空しく響く。閑話休題。

 桃園国際空港から台北までの電車では、旅姿の台湾人の女性群二組と隣り合わせた。連れ合いが、ガイドブックを捲ってホテルへの行き方を質すと、それを取り合ってワイワイガヤガヤとお喋りが始まった。どこの国でも女性はお喋りだ。十数分も続いたろうか……。
 結論がでたものの、どうやら彼らは台湾人の御上りさんだったらしい。とにかく車内が賑わい、なんとなく旅の緊張感が解れたハプニングだった。
 車内を見渡せば、乗客の多くはマスクをして、スマホを覗きこんでいるのは、彼の地でも同じであった。ルイヴィトンを下げる若い女性、バッグも靴もドレスも都内の地下鉄と変わらない。街も店もしかり。二月半ばの旧正前の飾りつけでお化粧していることを添えて、新しいだけに東京よりすっきりしているかもしれない。

 旅の目的の一つは、昨年までわが家でシェアハウスしていた二人の台湾女性との再会があった。ワーキングホリデイで滞在していた二十代後半の彼らは、台北に戻ってビジネスガールとして働いている。旅の二日目、土曜日の夜に、ホテル近くの上海料理で「乾杯」を重ねて痛飲…、翌日曜日には郊外の歴史的景勝地・淡水をたっぷり案内してもらった。
 台北の1月は雨期だ。「寒いですよ」と事前にメールで教えてくれたとおり、晴れ間は少なく、日本の梅雨空模様で、薄いコートと傘が欠かせなかった。

 六日間の滞在中、台北へのリピーターの筆者が、やや体調を崩したこともあって、老妻はガイドブックを片手に、一人で市内の名所旧跡を飛び歩く毎日だった。
 昨年傘寿を迎えた爺様は、マッサージに出かける元気もなく、ひたすらホテルのベッドで本を読んだり、時差が一時間だけでフレッシュなNHKニュースを見たりしているのだから、勿体ないと言えなくもない。

 久し振りの中国料理はさすがに美味しかった。客家、広東、上海、etc.夫々に台湾風の味付けもあるのかもしれないが、とにかく安くて美味しい。飲み物は、台湾ビールと紹興酒、筆者の場合は赤ワインも欠かせないから滅茶苦茶だ。
 今どきのジャパンと違って嬉しいのは、ボトルで頼んだワインや紹興酒は飲み残しを持って帰れることだ。ホテルでの寝酒に使えるのである。
 お腹が空けば、ホテルから数分のところにファミリーマートやセブンイレブンがある。駅にはお握り専門店もあったし、五分以内に、日本のそれと全く同じ店構え・品揃いの三越があって苦労しない。店員のサービスもしかり、見事なものだ。
 風邪気味なので薬を調達せんと、フロントで質せば、近くにTomod’sがあるという。そこで大正製薬の感冒薬とエビアンのペットボトルを求めた。出発前、東京の自宅でやったことのコピーである。服の青山も同じ看板を掲げて営業していた。(続く)

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