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エッセイ・コラム

カズオ・イシグロという英国人作家

清水 勝

 今年のノーベル文学賞は英国人作家カズオ・イシグロ氏という英国人作家に決まった。ふと、以前に『何でも書こう会』で彼のことを書いたのを思い出し、その原稿を探してみた。
 あった!2010年4月に『カズオ・イシグロという英国人作家』と題して次のような文章を書いていた。

 ノーベル文学賞に一番近い日本人作家は、いわずと知れた村上春樹である。彼の作品は世界各国に翻訳され、多くの賞にも輝いている。一方では外国文学の翻訳もしており、プリストン大学に招かれ現代日本文学を担当し4年間アメリカに滞在していた。それだけに翻訳に頼るのではなく、自ら英語で書き、世界に問うのではないかと期待していた。
 そんなときにカズオ・イシグロという英国籍の作家の存在を知った。彼は5歳のときに海洋学者の父親の仕事の関係でイギリスに渡り、現地の大学で英文学を学び、大学院で創作を学んだ。自分の日本語能力は5歳までのものだという。
 その彼が1882年に長編処女作『遠い山なみの光』を発表し、王立文学協会賞を受賞している。第二作は1986年の『浮世の画家』でウィットブレッド賞受賞。第三作『日の名残り』(1989年)では、イギリス最高文学賞であるブッカー賞を受賞した。以降、1995年第4作『充たされざる者』、2000年には『わたしたちが孤児だった頃』、2005年『わたしを離さないで』、そして昨年(2009年)『夜想曲集』を発表し、注目されている。
 処女作『遠い山なみの光』は作家の出身地長崎と英国の田舎とを舞台にしていたが、最新作で、初めての短編集『夜想曲集』は、ベネチア、ロンドン、モールバン、ハリウッド、アドリア海岸が舞台になっている。もはや日本とは関係のない場所で、自由に描き、小説には国境はないとのメッセージが込められている。
 登場人物は有名・無名・素人の音楽家たちが五組登場する。それぞれが抱えるテーマは、夫婦の有り様、若かった頃の思い出、失われた機会、拡散していく夢、ノスタルジアである。それらの文章にも工夫が凝らされ、喜劇仕立てやドタバタ劇を挟み込んで変化を持たせている。五つの夜想曲には、人生や人気の盛りの過ぎたことを暗示するかのように展開する。
 読者には静かな夕暮れに、暫し人生を考え、見直す時間が持てる。

(2010.4.9『なんでも書こう会』記)

 今まで日本ではあまり知られていない作家だったのは、翻訳権が海外ミステリー小説で馴染みのある早川書房だったからかもしれない。おそらく大変なブームになるようだが、寡作の作家であり、翻訳されているのはそう多くはないだろう。
 実は数年前に本箱を整理した際、『夜想曲集』を処分してしまった自分を恥じている。

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