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エッセイ・コラム

トランプ大統領の情報操作術

野瀬 隆平

 昨年の大統領選挙期間中から就任する前後までのトランプ氏の言動、特に言葉によるマスコミと戦いは、少々異常とも思えるものであった。
 あえて事実と反することも含め、個人の感情に訴えるような情報を発信し、世間の注目を浴びる。そのような過激な発言を繰り返して、耳目を自分に向けさせて、世論を有利に導くという戦略である。
 このような状況を称して、事実が置き去りにされるという意味をこめて「Post-truth」と云われるようになり、この言葉がオックスフォード辞典の出版社が選ぶその年の注目すべき言葉に選ばれた。
 そのような状況が続いている中で、今年の3月末に興味深い記事がワシントン・ポスト紙に掲載された。
 「Forget the post-truth presidency. Welcome to the pre-truth presidency」
と題するコラムである。Post-truthなんて、今にして思えばまだましであった。今やもっと恐ろしい「pre-truth」の時代に入ったというのだ。
 pre-truthというのは、「今はまだ違うかも知れないが時間の問題だ、すぐにそうなる。だからこれは本当なのだと主張する。そんな、とんでもない屁理屈をこねて、嘘でも本当だと言い張ることを指している」。大統領は今やそのような事をする段階に来たと、この記事は述べている。
 例えば、スエーデンに関する大統領の声明。テロ事件や難民の暴動など大変なことが起こったかのようなことを言い、それが事実でないと明らかになると、過去の似たような事件を報道するマスコミの記事を引用しただけだと言い、やがてそうなるだろうと主張して正当化する。
 世間の注目を集め、結果的に皆が関心を抱くようになればよい、というのだろうが、こんな発言を繰り返す大統領の補佐官こそいい面の皮である。なんとか発言のつじつまを合わせようと、関連する情報や理屈を探し出さなければならない。
 面白いのは、コラムニストがハイゼンベルグの「不確定原理」を例えに持ち出していることだ。量子力学における粒子の捉え方に関するこの原理を、人間社会になぞらえて、「物事を正確に観測することには原理的に限界があり、一定の不確かさは避けられない。時間的要素も変動要因の一つだ」とこのコラムでは解釈して、トランプ氏の頭の中は正にこのような思考回路になっているのだろうと論じている。
 何の注釈説明もなく、いきなり難しい「ハイゼンベルグの原理」を引用されても、日頃短いツイッターの文章しか読まない人たちにとっては簡単には理解できないであろう。ツイッターで虚実とりまぜた情報を流す大統領と、マスコミとの戦いは当分収まりそうにない。
 これには、後日談があって、数週間後に実際にスエーデンでテロ事件が発生したのである。あながち、トランプ氏のpre-truthは的外れではないのかも知れないが……。

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