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エッセイ・コラム

旅する本のように

八木 信男

 還暦を迎えて高校1年生の担任をやっている。彼らは16歳だから44歳の年の差だ。「先生が30歳若かったら結婚したかったわ」という成績目当ての女子の甘言を相手にせず、子供以上大人未満の集団と毎日を過ごしている。
 高校には文化祭というものがあり、これがまた難儀なもので、我がクラスは射的をやるということになった。射的を企画したクラスが5クラスあり、それらが並べて店を配置され、銃は学校が一括して借りてくれることになった。あとは景品を並べる棚の製作と景品を用意すればよいということになった。
 生徒たちは、自分たちが欲しい物を買い、総額2万円の景品を用意した。学校から支給された銃は各店舗5丁ずつ。そしてここで悪賢い担任、いや老人が悪知恵を与えた。3丁にすれば景品が長持ちするのでは・・・。むかし調味料の出口の穴を大きくすれば消費が増えて売れ行きが伸びるという話を聞いたことがある。私はその逆といえるようなことを生徒へ指示した。
 果たして、5丁を並べた他のクラスはあっという間に景品がなくなり、私のクラスは長い行列ができていた。しかし、とうとう景品も底をついてきた頃に生徒たちが景品がないと泣きついてきた。私は職員室に戻り、何か景品になるものはないかと机の隅々まで探してみた。するとCDが5枚ほど出てきた。赤い鳥などの70年代のフォークやポップスのCDばかり。中には知人の自主制作版もある。いずれも中古CDショップでは買い取り不可となったもので、おそらく今の高校生にはわからない歌ばかりだ。
 文化祭終了間際、店を覗くとCDを射止めた高校生が「赤い鳥って何や?」と嘆いていた。私はすかさず、「翼をくださいっていう歌は知らないか?」と問い詰め、その歌を歌ったグループだと説明した。
 何か持って帰ろうとするお客の列が去ったあと、ふと考えた。ある冒険家の書いた「旅する木」という本が、「木」に1本の線を引かれて「旅する本」となって世界を旅しているという話を思いだした。線を引いた1人の旅人が、本の裏に「この本に旅をさせてください」と書いたところ、さまざまな人によってリレーされ、ヨーロッパからアジア、南極、北極と12万キロを旅しているという話だ。私が供出した5枚のCDはいずれも私が最も気に入っているCDたちである。射的で射止めた縁で、これらのCDたちが誰かに聞いてもらえるのだと思うと、少し嬉しくなってきた。そして、これらのCDが「いいね!」という評価を得て、友人への又貸しが続いていけば、CDも旅をするのかもしれないと思った。
 ただ、CDの裏に「このCDに旅をさせてください」と書かなかったことが悔やまれる。

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