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エッセイ・コラム

恩師の一言

木村 敏美

 私の中学二年の時の担任は、数学を教える丸顔で目のぱっちりした小柄な女性だった。その先生が朝のホームルームの時間に、突然私の作文を読んで「みんなもこんな風に書くとよい」と言われた。私にとって数学の先生から作文を褒められる事など全く思いがけなかった。「水道の水」と題したその作文は、ある冬の朝、寝ぼけまなこで起きるとすでに母は台所に立ち、冷たい水道の水で白菜の漬物を洗っている、その後姿を書いたものだった。内気で何事にも自信のなかった私は、そんな事があっても先生とは話す事もなく、母にも何も言わなかった。唯、心の中で先生への敬愛は深めていた。私の生涯の恩師の中で、心に残った好きな先生は二人いる。その中の一人だ。
 高校受験が終わった春、その先生との同窓会が行われ参加した。皆勉強から解放され明るかった。私もそれなりに嬉しくて、いつの間にか先生の側に座っていた。その時先生が私に何気なく「貴女はちっとも変わらないね」と言われ、「あっ」と心の中で叫んだ。ああ、私は変わっていないのだ。変わりたい、変わりたい、明るい性格になって思いっきりみんなと話したい!と長い間そう思ってきたのに。小学五年の時大きな出来事があり、自分で心に蓋をしてしまった。ようやく高校受験も終わり、私なりに少し明るくなり、みんなと話せる様になったと感じ、友達からもそう言われた。それを先生にも気づいて欲しかった。しかし先生から見れば少しも変わっていなかったのだ。好きだっただけに先生の一言はこたえた。年賀状も出さず、同窓会にも出席せず、その後は会う事もなかった。

 そして、五十年近くの月日が流れた後、中学校の同窓会に出席してみた。久し振りで誰が誰だかわからなかったが、偶然すぐ隣に同じクラスで女子の憧れの的だったS君が座っていた。当時眩しくて話すこともできなかった彼も、すっかり親しみやすい普通の紳士になっていて話しも弾んだ。そして年齢を重ねていくと、人の言葉の受け止め方や考え方も変わってくる、映画や小説も若い時と感じ方が全く違うことがある、という話になった。そこで私が、中二の担任の先生から「ちっとも変わらないね」と言われた言葉が、この歳になって考えると、「変わらないでもいいのよ」と言ってくれた気がすると言うと、彼も「そうだよ、そのままの君を認めていたことだよ」と言った。
 あれ程当時気落ちした一言も、長い年月を生きてみると受け取り方が全く違ってきた。母の姿や生活を書いた内気な私を、そのままでいいのよと言ってくれていたのだ。
 先生とはもう連絡もつかず、気持ちの伝えようもないが、憧れの君も同感してくれたことで、より一層深く感じる恩師の一言である。

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