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エッセイ・コラム

香椎浜の家

大平 忠

「ふるさとを恋しとキリン立ち尽くす」。これは『悠遊』19号に掲載された浜口須美子さんのフォト句である。写真は、夕焼け空をバックに立っている港のコンテナ積み卸し機を撮ったもので、なるほどキリンに見える。夕焼け空もいい。大きな無機物の機械を遠い異国の地にあって故郷を恋しがっているキリンと見立てた印象に残る句だった。
 今住んでいる福岡・香椎浜のマンションのベランダから、浜口さんの見たキリンと同じ格好のキリンが9匹見える。引越してきて初めて見たとき、冒頭のフォト句をすぐ思いだした。建設の仕事をしている息子に聞くと、このキリンはガントリークレーンといって港湾埠頭のコンテナターミナルで貨物船のコンテナの積み卸しを行う主役だそうだ。プロの世界でもやはりキリンと呼んでいるという。福岡市は、香椎浜に最新鋭のコンテナターミナルを作り今後の国際物流拠点にしたのだそうだ。昨日はノルウェー国籍と分る巨大な自動車運搬船が停泊していた。一度、立ち尽くすキリンではなく立ち働いているキリンを是非近くで見てみたいと思っている。

 マンションの玄関は、ベランダと反対側の東にあり、ドアを開けるとやはり香椎浜の海が見える。歩いて2分のところが海辺である。海辺から150mほどのところに岩礁があり、その上に小さな祠がある。それから50m手前に鳥居が立っている。御島(みしま)神社という。海辺を南に400m行くと説明板があり、概略次のようなことが書いてある。
 神功皇后がここから御島まで船で行かれて髪を洗われた。洗われる前に、もし髪が2つに分れ男髪になった場合には新羅征伐に行くと決めて洗った。洗うと髪は2つに分かれたので、新羅征伐を決心された。
 帰って調べると、仲哀(ちゅうあい)天皇は妃の神功皇后と共に、九州平定のため熊襲征伐に来られた。本営地を香椎と定めた。ところが仲哀天皇が早逝され朝廷軍の指揮を神功皇后が執ることとなった。当時熊襲は朝鮮半島の新羅と連携しており、新羅は朝廷軍を脅かす存在だった。そこで、神功皇后はどちらを先に討つべきかを神託に委ねたのだった。家から2分の場所はなんと古代の神事が執り行われた由緒ある場所だったのである。これには驚いた。この香椎浜の海辺は博多湾の一番奥まった小さな湾を取り囲み、福岡市は景観の保持など環境整備に力を入れている。やはり、神功皇后の故実に敬意を払ったのだろうか。実は、ここで住み始める前はこれらのことを何にも知らなかった。迂闊だった。

 東側の海辺の彼方の、古代神々が住んでいたという山々から朝日が昇り、西側の国際貨物港埠頭に立つキリン群の彼方に夕陽が沈んでいく。こんなところに私たち夫婦は今住んでいるのです。

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