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エッセイ・コラム

マルドメ派?

西川 武彦

 現役時代、乗員ではないが海外を飛び回っていた。交渉事での欧米などへの出張に加え、1970年代半ばには中近東担当でベイルートに、1980年代半ばには中韓を含むアジアオセアニア担当で香港に駐在した。
 前者の頃は、ハイジャック全盛時代で、その対応に追われ、オイルショック、中東戦争の混迷も少しは味わった。後者の頃は、香港返還問題を巡る中英交渉の最中で、成り行き如何ではJALの路線運営に大きな影響がでるというので、情報収集に走る一方、十五を超える域内支店を渡り歩いた。
 機内では、ジェットストリームを聴きながら、ウインズの路線地図を拡げて、遥か眼下を過ぎゆく海、山河や大小の街に思いを寄せていたのが懐かしい。各地の空港は夫々の匂いとざわめきを持って迎えてくれた。異国の言葉が飛び交う。
 到着地では、打ち合わせ・交渉・接待などの合間を縫って、アバンチュールもあったかもしれない。成功・失敗、喜怒哀楽を五感で味わえたものだ。
 卒業後も年一で続けていた海外旅行だったが、諸事情でこのところ二年間足が遠のいてしまった。今でも、NHKなどの国際ニュース番組やCNNはみるし、ネットで英字紙を覗いたりもする。ところが五感が働かないのだ。隔靴掻痒極まりない。国内だけしか知らないという意味で、一昔前、「マルドメ派」という言葉が流行った。自分はそうではないと信じてはいるが、なぜかいらいらする。

 先日、長い付き合いのフランス人に久し振りに会った。ビストロなどの事業を経営する男性。彼は父親が英国人なので、筆者とは英語で会話する。ところが、彼の喋るのが分かり難く、問いに答える自分の英語もしどろもどろ。老化したマルドメ派に変身した己を感じた元国際派は、彼が薦める赤ワインを片手に、気も心もそぞろだった。
 マルドメ派といえば、大蔵省の純国内派の局長が元祖とか。その昔、How often do you have election? と訊かれて、勃起の erection と間違え、「毎朝です」と答えたとか。その逸話からマルドメ派という隠語が誕生したと、ネットに載っていた。
 海外各国を飛んで廻り、あるいは後進諸国のトップを頻繁に招いて、外交がお得意なはずの某国首相はそのような間違いを犯さないだろうが、先月末のG7サミットで、世界経済はリーマンショック前夜云々といって、知性が高い各国首脳に内心では虚仮にされた印象も拭えないから、7月に控える参院選挙で頭が一杯になっていて、ひょっとしたらジョークで同じような逸話を残したかも…、とご隠居は呟いている。

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