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エッセイ・コラム

同じことを何度も繰り返す

西川 武彦

 広くはない玄関脇に、身をくねらせて立つ小ぶりな八重桜の最後の一輪がぽとりと落ちるのを見届け、GWが始まる一日前の早朝、濃い緑一色になった世田谷の自宅を後にした。一週間の森の生活が待つ八ヶ岳山麓へと、肌寒い霧雨でけぶる中央道を車は緩やかに登る。小一時間で談合坂サービスエリア(SA)に到着。
 連れ合いの入院騒ぎがあり、半年ぶりの長距離ドライブだ。術後の治療が未だ週一で続いており、それが終わるまでは足が痺れて運転は無理という。傘寿まで一年足らずの運転手の体力を消耗しないよう、目的地までの二時間半に、三回の休憩をはさむことにした。
 上りの談合坂SAで休むのは二年ぶりになろうか。下りの同じSAに比べ、経営が違うのか、独りよがりの店構えでごった返しているのが嫌で利用を避けていたのだ。ところがこれが一変してスマートになっていた。
 トイレに近い方に駐車して入った左隅にはアンデルセンが、それらしいお洒落な佇まいで営業していた。コーヒーをセルフサービスで注文。すれ違う肩がぶつからない程度の人波を縫って、窓際に陣取る。座るエリアにより、テーブルや椅子の仕様も少し異なっているのがよい。それなりの人たちが、それなりのテーブルを選んでいる印象だ。
 飲み終えると、広いSAの右側を占めるお土産物屋を冷やかした。以前は乱雑に並んでいた商品が小奇麗に演出されていて目に留める。観光客らしい西洋人もちらほら見かけるし、見分けはつかないが、言葉端から中国人も多いようだ。商品が置かれた棚に巻かれた赤い帯には、免税品・Tax Freeと記してある。アナウンスが流れる。中国語だ。トイレから戻った連れ合い曰く、「トイレも中国語で賑やかだったわよ…」。駐車場に戻ると、黄色いHATOバスが皆様を待っていた。

 高原について二日目、地元の図書館で日経を広げると、社説は,「世界有数の観光大国になるために」と題して、政府の訪日外国人数目標値が、2020年に2000万と予想されていたのが4000万に、2030年に6000万と跳ね上がったこと、そのために採るべき対処策を論じていた。
 東京五輪が決まった2013年時点での想定数に比べ倍増だ。英仏独伊などと比肩するレベルである。筆者も同人誌「悠遊23号」のエッセイを含め、機会あるごとに、流れが変わったこと、観光産業の育成等を指摘していた。「俺の言うとおりになった」のだ。
 いい気分に浸りつつ、山小屋のテラスで、銀座「クラブ由美」のオーナーママで作家でもある伊藤由美さんの新著『粋な人、無粋な人』を捲っていたら、無粋な人の代表例として、「同じことを何度も何度も繰り返していませんか?」があった。
 粋な人はモテる、無粋な人はなぜ自分がモテないか気がつかない、と書いている。79歳のご隠居が銀座の老舗クラブに通ってモテようとは思わないが、仲間との付き合いにおいても心せねばなるまい、と呟いている。

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