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エッセイ・コラム

初めての自費出版

内田 満夫

 初めての自著が完成した。ポケットサイズながら、ISBNコードを付した一人前の書籍である。しかもある機縁から、自著謹呈第1号の相手というのが、誰もが知る超有名人というオマケ付きだ。
 六十歳で定年退職したあと試行錯誤して定着した自分流の生活スタイルを、世に問おうという身のほど知らずの試みである。人生再春の時節を楽しむための、気構えや流儀や工夫やこだわりがいろいろとあって、これを同世代の高年者の方々にぜひ伝えたいと考えたのが出版の動機だ。
 ある居酒屋チェーンの作文コンクールで、自分流のこのライフスタイルを「元気で百(歳)まで」のタイトルで応募した小品が入選した。チェーンが全社をあげて横綱白鵬の熱心な支援をしていることから、そのご褒美として宮城野部屋の訪問が実現したのである。訪問予定のちょうど前日に完成本がわが家に届いたので、謹呈第1号の相手がなんとこの大横綱になったという次第。
「白鵬」の幟を掲げた大阪・谷町6丁目の架設宿舎を訪ねると、すでに大勢のファンがつめかけ窓の外から稽古場を覗き込んでいる。入選者の特権で中に入れてもらい、大相撲春場所初日(3月13日)の緊張感漂う朝稽古を間近で見物することができた。あとで送られてきたスナップを見ると、上背が横綱の肩までしかない私は誠に貧相だ。しかし横綱の左手には、街歩きをする私を模したアニメ表紙の自著が”燦然と”と輝いている。横綱はこの日黒星スタートとなって心配したが、その後鬼気迫る取り口が復活して4場所ぶりの優勝を飾った。こういう縁ができたからには、世間がなんと言おうとこれからの私は横綱の応援者である。
 神戸への帰途、大阪に住む三男夫妻と京橋で落ち合った。ランチを共にしながら、自著刊行のいきさつと、その日の横綱との対面に至る顛末を自慢して聞かせる。妊娠6ヶ月の嫁は、お義父さんすごーい! とはしゃいでくれるが、息子のほうは、こんな本売れるのかな? といった顔つきだ。裏表紙の頒価を見てニヤリ、百円玉を三枚差し出してきたので素直に受け取る。これが自著売上げの第1号となった。

(参考:内田酔遊「神戸発 カルチャーサーフィンのすすめ」、友月書房、2016年4月)

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