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エッセイ・コラム

戦後70年談話のこと ~隠居の呟き

西川 武彦

 談話は、国内情勢・対外関係・外交を念頭において包括的に纏められている印象です。
 筆者は現役時代、航空会社の海外乗り入れや共同運航に関連して各国航空会社を相手に「外交」した経験があります。交渉では、右往左往・四苦八苦しながら得られたその時点での成果を収めた合意議事録(Agreed Minutes)を、主に国際語である英語で作成して、サインを交わしました。「てにおは」のような細かい訂正でもイニシャルを交わし、頁ごとに左右の隅にイニシャルするのが習わしでした。呉越同舟ですから、揉めて徹夜になったこともあります。合意議事録をもとに、次の交渉までに、なにかと根回しや取引したりして進む…。
 今度の談話は、有識者・官僚などの知恵・知性・知識を基にしたアドヴァイスをもとに、激走気味の首相の意向を抑えながら閣議決定したものだけに、そつがありません。関係各国とのこれからの外交を想定した「合意議事録」に似た性格のものに出来上がっている感じです。国内的には、支持率の低落・国会での安保法制案の最終化など、対外的には、今秋にも予定される首脳会談を強く意識しているのが明らかです。
 その結果、欧米の反応は概してよろしく、主たる想定対象である中韓両国の批判も今のところ控え目です。一定の外交的効果はあったでしょう。口先三寸でなく、これを踏み台にしていかに外交を構築していくか、これから正念場を迎えることになりましょう。
「深い反省」など、天皇の踏み込んだ「お言葉」は、結果として、「合わせ技」的な効果がありました。
 勿論、談話は首相の生の声でなく、本心でない部分もかなりあるようです。原稿を見ずに話したプレゼンテーションに感心する向きもおられるが、分からないようにプロンプターが助けています。ご本人は内外でのこういう機会に慣れているだけのことです。
 世論ばかり気にする政治でなく、良くも悪くも自分なりの信念をもって突き進む姿に感動する層もありますが、暴言を繰り返す首相周辺の小権力者たち、国会でのやりとりの軽さ・薄さ……、これらを総じて反知性主義の権化と受けとられているのは悲しい現実です。
 一極が流動的に変貌し、中東を含めて怪しく混迷を深める世界情勢のなかで、同盟を見直し、役割分担などの各種再構築は避けられないでしょうが、世界の警察官から手を引こうとしている米国と、憲法解釈を変えてまで対等の軍事同盟を結ぶことは、頼まれればどこへでも出ていき敵を作ることになるのではないでしょうか。今回の安保法制案は、特に集団的自衛権など発動要件はあるものの、「ボタンを押す人」とそれを取り巻く集団の判断が怖い。
 安保法制の件は、よほどのことがないかぎり、今国会で一応決着がつくでしょうが、国政を立憲主義の軌道に戻すためにも、改憲を早々に国民に問い、その結果を踏まえて、今一度法制度を再調整することが望ましいのではないだろうか、と少しは戦火を覗いた78歳の隠居は呟いています。

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