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エッセイ・コラム

よいとまけ

三春

 苫小牧に「よいとまけ」という菓子がある。菓子らしからぬ名だ。由来を読んでみると、「よいとまけ」とは王子製紙苫小牧工場での丸太あげ下ろし作業の掛け声だそうな。なるほど、丸太をかたどったようなロールケーキだ。

 建築現場に機械が導入される前の地固めは、日雇いのお母ちゃんたちの仕事だった。亭主に先立たれた子持ちや、閉山合理化で失業した炭鉱労働者の妻が多かったと聞く。道具立ては櫓と滑車と綱と槌だけ。数人がかりで重い槌を「エーンヤ」の掛け声で引き上げては、頂点で「コーラ」と放す。ヨイトマケは「ヨイっと巻け」なのだ。

 美輪(丸山)明宏が作詞作曲した「ヨイトマケの唄」は、「土方(どかた)」などの差別用語が含まれるとして、1964年の発表直後から放送禁止だったが、近年に泉谷しげるや桑田佳祐が歌って話題となり、数年前には美輪自身がNHK紅白で歌って再浮上した。
 華麗なシャンソンを歌っていた美輪が、炭鉱町でのリサイタルを機に、労働者の歌をつくった。友人の母を回想したものだといわれる。「貧しさに負けない」や「働きづめで死んだ母」などのテーマに浪花節的な臭さを感じたものだが、あらためて聴けば子供の頃とはまた違って、誰もが貧しかった戦後復興期から高度成長期へと移りゆく時代の力強さと哀愁が読み取れる。

 幼いころに一度だけヨイトマケの現場を見たことがある。「エーンヤコーラ」と槌を打ち込むお母ちゃんたちは、貧しくても明るくおおらかで逞しかった。1カ月後に完成したのは木造下駄ばきアパート。一世帯六畳一間、トイレも台所も共同で風呂はない。築60年の今も健在である。

 昔も今も女は家庭を支え続けている。昔は陰ながらの精神的・経済的な支えが主で、その根っこは楽観と忍耐だったように思う。現代の女性たちは知力と行動力と弁舌を武器に堂々と表舞台に登場している。それ自体は素晴らしいのだが、将来的な男女の力のバランスが気がかりでもある。男たちのネジをヨイっと巻けないものか。

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