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エッセイ・コラム

「読書感想と素晴らしき仲間たち」

内藤 真理子

 企業OBペンクラブに入会してしばらく経った頃、勉強会の後の反省会で近所の蕎麦屋に行った時の事である。私も含めて皆、老境に入っているが、その中の一人の紳士が「バベットの晩餐会という映画を昔見たが、あれは良かったね」と話し出した。
 私も、その題名の本は若い時に読んで、今でも覚えている。心を震わせた『童話』だと認識していたので、本の断片が頭に浮かんだ。
 北欧の小さな町の牧師館に住む、二人の美しい娘。姉娘に求婚しようと思う若い士官が現れたが、余りの美しさ、気高さに求婚の言葉すら言えなかった。だが、気高い心だけは士官自身も持つことが出来た。
 妹娘は美しい歌声で賛美歌を歌う。牧師館を訪れたパリの偉大な歌手が、娘の神々しいまでの清らかな歌声に陶然となり、彼女を世界のプリマドンナにしたいと望んだが、娘は華やかな世界で活躍することを拒んだ。
 本を読んでいるだけで、私には小さな町の牧師館や、そこに住む素朴で謙虚な人々、美しく気高い娘たちが浮かび、透明感のある歌声まで聞こえた。
 バベットは腕の良い料理人だが、パリでひどい目にあい、牧師館にやって来て、家政婦として働いていた。何年か経ち、牧師館で牧師の生誕百年を祝う会を催すことになった。そんな時、バベットは宝くじに当たり、一万フランを手に入れる。祝いの日、彼女はそのお金で、招待客十二人の為に、海がめなど、様々な食材を集め素晴らしい料理でもてなした。
 私はこの本を読んで、美しい歌声や、美味しい食べ物は魂をゆすぶり、官能の喜びを与えてくれる、という所に感動したのだろうと思っていた。
 ところが、蕎麦屋での話では「あの頃は、パリコミューンで、パリは荒れ狂っていたんだよね」「バベットは、偉大な料理の天才でオペラ座の近くのレストランの女性料理長をしていた実在の人物をモデルにしているのだよね」と、話は発展していった。
 え、そんな話だったかしら!私は自分の記憶の中に、社会背景が全く入っていなかったのに驚いた。
 帰ってから探しても、もう本は無い。そこで取り寄せてじっくり読んだ。「バベットの晩餐会」アイザック・ディネーセン作、岸田今日子訳。
 読み返してみると、時代背景は、とても重要で、パリコミューンで労働者や急進的市民が立ち上がり激戦の舞台になった花の都は、放火、虐殺などあらゆる無法行為に曝された。
 若い時に読んだ後に、本だけでは飽き足らず、ビデオまで借りて見たのだが、そこだけすっぽり抜け落ちている。
 バベットは、労働者で、毎晩裕福な人々に、高価な料理をつくる。その舌と目で価値のわかる人は、喜んで代価を払った。
 バベットは言う「彼らは私のものだった。あの人たちは、私がどんなに偉大な芸術家かということを理解するために、たくさんの費用をかけて育てられ、教育されました。私は彼らを幸福にすることが出来たのです。私が最善を尽くせば、あの人たちをこの上もなく幸福にしてやることが出来ましたわ」
 もっともっと深い読み方もできるだろう。
 素晴らしき仲間たちに乾杯!

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