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エッセイ・コラム

私のクレーム修行

八木 信男

「台風20号瀬戸内海を縦断」。M新聞3面トップ記事の見出しを見て、当時20代だった私は、この台風は南から北へ進むのだと思ってしまった。しかし予想図では西から東へ進むことになっている。「縦断」の意味をよくわかっていなかった私は、辞書を引いた。
「縦断」とは、長い方向に沿って進むことを言うとあった。もちろん南北の方向という意味もあるが、この記事の場合は「縦断」で正しい。おせっかいな私は、M紙に電話をかけ、この場合は「東進」と書く方が、間違えないのではないかと問うた。すると先方は、「それでもいいですね」という穏やかな対応であった。

 A紙に電話をかけたのは1面の社説についてであった。「汚い英語の4文字語」という表現があった。この意味が人口に膾炙しているとは思えなかったので、説明がないと読者の中にはわからない人がいるのではないかと問うた。だいたい、新聞社のこういった問い合わせに対する担当者は、お客様相談室などという部署であり、窓際と言われる社員が多いと聞いていた。50分近く続いた電話でのやりとりの大半は、お互いを否定し合う内容になった。あげくの果てに相手の担当者はキレた。「あなたは私に○○○○といわせたいのか!」と怒鳴った。4つの○はカタカナ言葉である。40歳になっていた私は、穏やかに「天下のA紙にもあなたのような人がいて驚きました」と言い、電話を切った。

 次に、今現在どうしようか悩んでいるクレームについて。某国営ラジオでは、ニュースなどの間に、音楽が流れる。ところが、その音楽が途中で切られてしまうことが多々ある。しかも、アナウンサーはぬけぬけとその曲名を紹介するのだ。曲を最後まで流さないのをその曲の作者が知ったとき、どう思うのだろうか。先日も私が贔屓にしている歌手の歌が途中で切られてしまった。実は、この悩みは10代の頃から抱いている。人権ならぬ、曲権の侵害だ、などと若い頃に思ったものだし、何度、新聞に投書しようと思ったかわからない。

 私の周辺では、「そんなことどうでもいいじゃないか」と言う方が多い。しかし、これは一つの合法的な趣味で、そのクレームが何かの役に立つのかもしれないという思いがある。還暦を目前にし、家族から呆れられながらも未だにやめられない。

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