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エッセイ・コラム

風神雷神は上空寒気に棲む

志村 良知

「大気の状態が不安定です」
 これは、荒れ模様の天気が予想されるときの天気予報の気象予報士の常套句である。しかし大気の状態が不安定とはどういう事かについて判り易く解説してくれる事はあまりない。
 私は気象現象に興味があり、時々友人や家族にどういう事なのかと訊かれることがある。この説明は丁寧にやろうとすると結構深い。「終わりまでちゃんと聴くか」と念を押しても、たいてい途中で「もういい、参った」という顔をされる。
「大気の状態が不安定」と対になっている言葉は「上空寒気」である。高い山が寒いのだから、もっと高い空の上が冷たいのは当たり前ではないかと思うかもしれない。上空にはジェット・ストリームという強い西風が南北に蛇行しながら吹いている。シベリア起源の寒気はジェットストリームに沿って南下してくるので日本列島上空への流入には強弱がある。

 地上付近の一塊の空気が太陽に熱せられて軽くなると上昇を開始する。上昇するにつれ、周辺気圧が下がるので断熱膨張により一定の比率で温度も下がっていくが、空気塊の温度が周辺の空気の温度より高い間は上昇を続ける。空気塊の中に水蒸気が含まれていると、水蒸気が水、さらに氷になることでエネルギーが放出され空気塊の温度を上げるので、空気塊が高温高湿であるほど上昇に勢いが付く。

 「上空寒気」で、地上と高度5700m付近との温度差が40度以上あると、季節や時間を問わず簡単なきっかけで上昇気流が起き、気流は寒気の中を時速30キロ以上で駆け上がり、積乱雲が発達しやすい。
 普通の積乱雲は一辺10キロの立方体位の規模であるが、高い空で大量の氷粒と、地上から上がってきて冷えて重くなった空気を含む物理学的矛盾の塊である。これらが一気に落ちてくることで雷雨や突風、更には、雹などの激しい気象現象を起こす。条件が合うと、寿命が長いスーパーセル(巨大積乱雲)が発達したり、同じ個所に次々に発生して長時間の豪雨をもたらす事がある。

 晴れている時に空を見回してみて、方角によって雲の形が異なり、西や北に縦方向の動きのある雲が優勢な時は「上空寒気で大気の状態が不安定」である。そこには宗達描くような風神雷神が棲み、大きな袋に氷粒と寒気を静電気とともに貯めこんでいる。こんな時は、現代人といえども神には畏敬の念を持って接しなければならない。

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