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エッセイ・コラム

「幽霊とは?」

内藤 真理子

 シアターコクーンで「幽霊」を観た。
 1881年のイプセンの作である。133年前に書かれたものだ。
 初めて観る私は、作者がノルウェー出身なので、冷たく暗い城に幽霊が出るのだろうと想像していた。だが、舞台は白を基調にした近代的な室内で、舞台装置らしいものはほとんどなかった。
 その上、幽霊は、お化けではないらしい。では幽霊とは何なのだろう。
 主役のアルヴィング夫人役は、宝塚出身の安蘭けい。
 夫人は放縦な夫には愛も尊敬の念も持たなかったが、そのような結婚生活に耐え、家名を守ることが大切だと自分に言い聞かせ、偽善的な生活をしてきた。
 息子には、父親のみだらな生活を見せないで 、立派な父だと思わせる為に、幼いころから留学をさせた。
 やがて夫が亡くなり、遺産で彼の名誉を称えるべく、孤児院の建設を着工した。それはすべてアルヴィング夫人の発案で、夫に称えるべき名誉などある筈がないとわかっての上のことだった。遺産すら、夫人の努力で増やし、残したものである。
 舞台上には、アルヴィング夫人、孤児院の落成式に出席する為に帰ってきた息子と、つらい日々を過ごした夫人の心のよりどころだった敬虔な牧師、幼いころからこの家で育った女中。
 息子は、先天性の梅毒に罹り現在発症していると母に告げ、真面目な両親の間に生まれたのになぜそうなったのかと悩んでいる。そして、女中と結婚したいと言った。だが彼女は、夫と使用人との間に生まれた子で、夫人自身が面倒を見ていて、息子とは異母兄弟なのだ。
 その夜、前夜祭で牧師がお祈りに使ったろうそくの灯がおがくずに燃え移り、孤児院は全焼してしまった。まやかしの名誉は燃えてしまったのだ。
 これが、アルヴィング夫人の耐え忍び、努力した日々の結果だったのか。敬虔な牧師の我欲を断ち切った懸命な信心は何だったのだろう。
 題名の幽霊とは、古い因襲だろうか。夫人が盲目的に家名を守ろうとしたのは、幽霊の仕業だと、イプセンは言いたかったのだろうか。
 家名や子供を守ろうとする気持ちは、昔も今も同じだろうが、現在の方が、女性は自由で正直に生きているように思う。してみると…
 この戯曲は、社会を啓発し、女性を発奮させた?
「幽霊とは?」う~ん、むずかしい。

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