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エッセイ・コラム

日常の異国情緒

喜多川 雅人

 五年前、海外に住んでいた二人の子供と孫たちが夫々の事情で日本に戻ると、さっぱり海外に出なくなった。体力の衰えで長旅が億劫になったこともあろう。現役時代は国際派として駆け巡ったからなんとなく寂しい。
 というわけで、対策として、読む方では、たまに英字新聞を求めたり、ネットで英文記事を齧ったり、聞く方では、毎朝30分CNNを観ている。

 今ひとつある。賃貸しているテナントさんは、足掛け十五年、外国人である。母がケア付きマンションに住むようになったので、その費用の一部を賄うために、母が使っていた我が家の一階部分を、内階段を閉じて貸し始めた。
 最初の日本人家族が事情があって一年で出てからは、不思議なご縁で、ヨーロッパ系が次々とテナントとなっている。
 初めはギリシャ系フランス人で、大学でフランス語の助教授をやっていた男性。どこで知り合ったのか南アフリカ出身の女性との間に一児が生れ、定年になると南アフリカに移住した。
 次いでフランス人の男性。父親は英国人とか。器用な事業家で、フレンチ・レストランも経営していた。日本人女性と結婚し、筆者は彼の父親扱いで神式結婚式に出席した。一時はそこにフランス人の若き美女がルームシェアするという複雑さだった。
 そのあとがオランダ人男性で、ヘッジファンド屋さん。週三日は近くに住む元妻から子供達を預かるという約束があったようで、賑やかだった。
 日本を去るに当たって彼が紹介してくれたのが、今月から住んでいるイギリス人一家。奥さんは日本人で二児付き。パブを経営したりしている。

 賃貸契約は不動産屋仲介の形をとっているが、実質的には筆者が英語でなにかと対処している。外国人と交渉事をやっていた元国際派には、ボケ防止にもなっているのだ。古い木造だから、下から仏語、蘭語、英語などが聞こえ、チビたちが外国語で叱られる。時々顔を合わせるから、我が家の日常には異国情緒が漂っているのだ。生活風習の異なる外国人は、従順な日本人テナントと異なり、トラブルこともままある。その度に連れ合いから責められたりするが、黄門様を真似て、「人生楽ありゃ苦もあるさ……」と鼻歌しながら、怪しげなご隠居はそれなりに楽しんでいる。

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