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エッセイ・コラム

「人口」を考える

森田 晃司

 過日、企業OBペンクラブのプロジェクト“サロン21”で「人口」を中心とした討議が行われました。今後、数十年の間は日本の人口は減少するだろうという認識は参会者の間で一致しました。しかし、減少を食い止めるべく政策を総動員すべきだ、成行きに任せても減少し続けることはなく落ち着くところに落ち着くだろう、減少によるプラス面をもっと積極的に評価すべきだ、などという意見に分かれました。
 しかし、総じて言えば経済成長と共に歩んできた我々世代は、人口の減少→経済の縮小→国力の低下→社会の非活性化→人口の一層の減少 などといった負の循環で考える傾向が強いようです。
 世界中の人口が拡大し、経済が成長を続ければ、持続可能な社会などは実現できるわけがありません。そんなことは十分理解しているつもりでも、経済の停滞、GDPの縮小となると抵抗を覚える因子が組み込まれてしまっています。

 千葉大の広井良典教授などが、成長に代る価値観の必要性を訴えた「定常型社会」を提唱してから十年以上が経ちますが、社会のパラダイムシフトはあまり進行していないように思えます。
 とはいえ、団塊の世代は若い頃に誰でも車を持ちたがりましたが、豊かな社会に生まれ育った現代の若者は車を所有するより、必要な時にレンタルして利用する方がカッコよいと感じているようです。所有に拘らずに、機能を上手に活用する術を覚えれば、効用を落とさずに消費を抑えることができます。

 三十-四十年後に人口減少が一段落し、その頃までに成熟した現代の若者が機能を活用する賢い暮らしを身に付け、豊かながらも省エネ・タイプの「定常型社会」を実現するというシナリオはどうでしょう。
 私はかねて「捨つれば満つる」という仏教の言葉が好きですが、物を棄てられない性分で、この教えに近づくことはできません。しかし、言うまでもなく、上記のシナリオは我々世代が退場した後の話です。

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