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エッセイ・コラム

「デイム」と「ナイト」のオンパレード!

平尾 富男

 英国の叙勲制度で、1917年にジョージ五世によって創設された爵位が、男性ならナイト(Knight)、女性に付与される場合にはデイム(Dame)である。この勲章(爵位)は「神と帝国のために」(For God and the Empire)貢献した人に与えられる。過去には貴族、軍人、役人、政治家が主な対象であったが、今では広く一般の市民にも功績の対象が拡げられていて、映画、音楽の世界にも叙勲を受けている人がたくさんいる。

 公開されている映画『カルテット!』を観る。『ナブッコ』、『リゴレット』、『椿姫』、『アイーダ』等のオペラで知られるジュゼッペ・ヴェルディ(1813~1901)の生誕200年記念として制作されたというだけあって、映画の全編にヴェルディのオペラの名曲が流れる。流れるだけではない。先ずは、ヴェルディ『椿姫』の『乾杯の歌』を出演者が歌い演奏するのだ。
 映画のタイトルは、ヴェルディの傑作オペラの一つ『リゴレット』第三幕で歌われるカルテット『美しい恋の乙女よ』に由る。引退した音楽家たちが暮らす「老人ホーム」で、ヴェルディ生誕200年ガラ・コンサートを開催し、四人の主演者にこの四重唱を歌わせるというのがメイン・テーマである。
「老人ホーム」といっても、英国の緑豊かな広大な敷地の中の豪華な邸宅だから、日本のそれとは大違い。しかも住人はすべて元プロの音楽家たちという設定。その上、本物のオペラ歌手やヴァイオリニスト、更にはジャズ・ピアニスやトランぺット奏者までが本職の実力を発揮するのだ。日本語の副題が『人生のオペラハウス』とあるのも頷ける。

 主演の一人は、デイムの称号を付与されたイギリスが誇る1934年生まれの大女優、マギー・スミス。英国オペラ界で往年のプリマドンナ、ソプラノ歌手のジーン・ホートンを演じる。ジーン・ホートンの夫で、テノールのオペラ歌手、レジー・パジェット役には、長年の舞台と映画での活躍が認められてナイトを叙勲しているトム・コートネイが配されている。
 二人の主役がデイムとナイトであるだけではない。他にも、英国ロイヤル・オペラ、ウィーンやベルリンの国立歌劇場等の一流歌劇場で歌った経験を有する本職のソプラノ歌手デイム・ギネス・ジョーンズも、かつて自身のライバルだったオペラ歌手アン・ラングレー役で出演する。そして、プッチーニのオペラ『トスカ』の『歌に生き恋に生き』を実際に歌い、映画撮影当時75歳の年齢を感じさせない素晴らしい声を聞かせてくれる。また、映画の舞台となる音楽家たちが入居する老人ホームで、ガラ・コンサートを取り仕切る役で出ているヴェテラン俳優のマイケル・ガボンも、演劇への貢献が認められて、ナイトの称号を与えられているのだ。
 デイムとナイトのオンパレードが見られる映画は、他にはないであろう。ハリウッドの名俳優ダスティン・ホフマンが、英国に乗り込んでの映画監督初作品『カルテット!』(原題"Quartet")はそんな映画なのだ。
『リゴレット』の『美しい恋の乙女よ』は、マントヴァ公爵(テノール)、公爵に仕えるせむしの道化師リゴレット(バリトン)、リゴレットの娘のジルダ(ソプラノ)、そして殺し屋の妹マッダレーナ(メゾソプラノ)による四重唱で、オペラ史上最も美しい「カルテット」として知られている。その中で、ジルダは16歳の設定であるから、この役を演じるプリマドンナは役作りが大変なのだ。

 話を戻そう。この映画は、かつてこの「カルテット」を一緒に歌ったオペラ歌手四人が、音楽家たちの「老人ホーム」に揃って、四重唱を再演するという結末に至るまでをストーリーとしている。マギー・スミス他三人の老俳優たちの歌うのを聞き(例え吹き替えであっても)、見るのも楽しみではあった。
 その期待は外れたが、リチャード・ボニング指揮ロンドン交響楽団演奏で、デイムの栄誉に輝く英国オペラ界の重鎮ソプラノ歌手であるジョーン・サザーランド、そしてルチアーノ・パヴァロッティが出演した名盤「カルテット」が、クレジット・タイトルの背後に流れて終わるという心憎い演出であった。ダスティン・ホフマンは名監督でもあることを証明した。

(2013.05.27)

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