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エッセイ・コラム

将来を予測する

野瀬 隆平

 何事につけ将来を予測するのは難しい。
 純粋に物理的・化学的な現象であれば、ある条件のもとで、どのようなことが起こるのかほぼ正確に予測できるが、複雑な要素がからまる自然界で起こる出来事を正確に予見するのは困難である。これが、人間の作為が関わってくる経済現象になれば、さらに複雑で難しいものとなる。
 自然現象については、例えば、最近ロシアに落下した隕石の予測はほぼ不可能だ。日本で頻繁に起こる地震の予測もまた難しい。東京で30年以内に、震度6弱以上の地震が起こる確率が23.2%であると言われても、それをどのように受け止め、具体的にどんな防災措置をとればよいのか、判断するのは困難である。そもそも、その確率が正しかったかどうか、未来永劫に、検証することが出来ない。仮に30年経ったあと、その間にそんな地震が一度も起こらなかったとしても、それは確率の残りの76.8%に入ったのだ、と言えばそれまでである。
 経済事象については、そこに政策という形で人間の作為が関わってくるので予測はさらに難しくなる。また、予測がどの程度正しかったかを検証するのも困難である。例えば、景気動向の予測。経済学者の多くは、景気は循環するものとして捉え、精緻なモデルを作って将来の経済を予測してみせるが、あまり当たるとは思えない。
 過去の例を見ても、景気循環というよりも、想定していなかったような事態、例えば、オイル・ショック、プラザ合意による急激な円高、そして最近ではリーマン・ショックなど、世界的に大きな出来事が起きると、その大波にのみ込まれて、いかに緻密に作り上げたモデルも大きな変動の波にうずもれてしまう。今回の安倍内閣の経済政策のように、従来とは異なった政策がドラスチックにとられると、大きく経済を動かして、それまでの予測が大幅にずれる結果となる。例えば、円の為替相場について、昨年1ドルが70円台であった時、ある経済学者は「まだまだ円は高くなる。50円になってもおかしくない」といっていた。しかし、現実には今年の2月の時点で、逆に90円を超えるまで安くなっている。この経済学者はどのような理屈で、自分の意見を正当化するのであろうか。

 このように、難しい将来予測の中で、比較的よく当たるものがある。それは人口である。出生率には多少変動要因があるものの、死亡率はほぼ正確に予測できるので、当然といえば当然であろう。大きな自然災害や、戦争などの突発的なことが起こらない限り、大きくぶれることはない。人為的な要素として、少子化対策の効果や、予想外に経済が成長したり衰退した場合に、多少狂うかもしれないが、その幅は知れたものである。
 そこで、過去において日本の人口がどのように推移してきたかを眺めつつ、これからどう変わると予測されているのかを見てみたい。
 西暦800年から今日まで、日本の人口がどのように推移してきたか、また今後どのようになるか、西暦2100年までを国交省が推計したものがある。過去の歴史的な出来事と対比しながらこれを見ると、色々と面白いことが分かる。例えば、あの平和で社会が安定していたと言われる江戸時代の人口は、ほぼ3,100万人のままで増加せず一定のままである。生活してゆく上では意外と厳しい環境ではなかったかと推測される。明治維新の後、日本の人口が飛躍的に増加し始めた。これは、近代的な産業の発展と、多分、化学肥料の普及により食料が増産されたことによるものであろう。
 第二次大戦後も人口の増加は続いた。小学生の頃、私の記憶では、日本は狭い国土しか持たないのに、これ以上人口が増えたら日本は貧しくなる。従って、人口を抑制すべきだというのが、社会の一般的な通念で、産児制限が奨励された。戦前は、国力増進のために「産めよ増やせよ」と言っていたのが、今度は、あまり子供を作るなという話になったのである。
 日本の総人口は、2008年の1億2,800万人をピークに減少期に入った。明治以降の急激な増加とおなじくらい急激なペースで今度は減少し始め、西暦2100年には、中位推計で日本の人口は6,400万人ほどになると予測されている。
 現代に生きる我々は、長い日本の歴史の中で、人口が急激に増加し且つまた急激に減少するという、これまでに無い特異な時代を過ごしていると言わなければならない。

 最近、この人口減少こそが日本の経済が成長しない原因であると主張する人がいる。そして、このままでは社会保障制度も成り立たなくなるので、何とかして人口を増やすべきであり、「少子化対策」が必要だという。また、今日のデフレの原因までもが、人口の減少がその理由の一つだと主張する人までいる。本当にそうなのか。人が減れば需要が減って、それだけ物の値段が下がると言われると、なるほどそうかと思うが、一方、物やサービスを生み出す人間(就労人口)が減れば、それだけ物やサービスの量が減るわけであるから、むしろインフレの要因ではないかと考えるが、いかがであろうか。
 少子化の原因として、若い世代が経済的に不安定で将来に希望を持てないこと、共稼ぎ夫婦への子育て支援が充分でないこと、などが一般的に挙げられるが、それが根本的な要因であるとは思えない。現代の若い女性や夫婦の価値観が変わり、結婚や子育て以上により大切と考えるものを、他に求める人たちが増えたのではないか。このような価値観の多様化によって生まれる社会の変化に対応して、制度設計をしなおすことこそ重要である。子供を増やせというのは、器に合わせて中身を変えよということで、本末転倒といわざるを得ない。
 ところで、日本の国土の広さや資源の量から判断して、仮に適正な人口数というものがあるとすれば、何人と考えればよいのだろうか。先のグラフで見たように、あまりにも急激に日本の人口が増えすぎて、遅ればせながらやっとその調整期に入ったと見るべきではないのか。
 参考までに、世界の主な国々の人口密度を比べてみる。国土の面積との比だけで適正人口を判断するのは、必ずしも正しくないかも知れないが、一つの基準にはなるのではないか。(国土面積1平方km当りの人口、2009 年)

バングラディッシュ……1,127人 インド……………364人
日本………………………336人 イギリス…………253人
ドイツ……………………230人 イタリア…………199人
中国………………………140人 アメリカ………… 33人
オーストラリア…………2.8人 世界平均………… 50

 人口減少というと、マイナス面ばかりが強調され悲観的に捉える嫌いがあるが、プラス面もある。労働力の過剰が解消され、雇用も安定し、ニートも減少してくるのではないか。また、労働力が不足するというのならば、更なる技術革新、IT化にも拍車がかかり、そのための新規投資で経済が活性化することも期待できる。確かに、急激な変動に対応するのは容易ではないが、マクロに見れば必ずしもマイナス要因ばかりではない。
 女性の就労率を高め、健康で働く意欲のある高齢者に職場を与えるようにすれば、これから就労人口はむしろ増えていくのではないか。何よりも、働く意思があるのに、正規の労働の場を与えられていない若者に、意欲的に働ける場を作り出すことこそが喫緊の課題である。何しろ、彼らに日本の将来が懸かっているのだから。

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