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エッセイ・コラム

下剋上

西田 昭良

 飼い猫のアクセル(オス)に異変が起きた。いつも昼寝をしている台所の椅子からドンと転げ落ちたのである。二階にあるトイレにでも行こうと思って足を滑らせたのか。だが腰が抜けたように後ろ脚はフニャフニャとなり、階段も上れない。こりゃ大変。急いで病院へ。
 血液検査の結果、急性腎不全と判明。老化過程での病で不治であるらしい。もう十八才を越え、人間ならとうに後期高齢者である。
 このままでは、いつまで持つか、と医者は顔を曇らせた。
 延命策としては、投薬のほかに、薬液の皮下点滴を連日続けること。しがない年金暮らしの身では、通院の費用など、とても賄いきれない。医者の薦めで、馴れない手つきを駆使しながら自宅で治療することに相成った。
 アクセルの異変と同時に別の異変が起きた。それは、もう一匹いるメスの年増猫・ミーヤ。
 以前はアクセルの憂さ晴らしのオモチャにされ、近づいただけでも逃げ回っていたのに、アクセルの心身の衰退を察知したのか、急に彼女の態度がデカクなったのである。
 食べているのに、アクセルの餌皿に平気で顔を突っ込むやら、夜の女房の枕元を独占して、後からやって来るアクセルには絶対に譲らないやら、やりたい放題である。
 猫の世界にも辛辣な下剋上があるとみえて、一度凋落の憂き目を見たオスには、悲しくも憐れな現実が待っている。
 人間の世でも、給料運びの任務が終わり、夜は、提灯が消えた屋台のように侘びしくなった亭主は、もう御祓箱である。それが歳を取るということか。アクセルの上に我が身を重ね、同情をそそるのである。
 不慣れな治療や酷な下剋上に耐え、何度も病の峠を越えてきたアクセルの気概を、いま私は貰っている。
 以前のように自由奔放に振る舞い、私に餌を強要する逞しい猫に戻ってほしいものだと、皮下点滴をしながら今日も願うのである。

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