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エッセイ・コラム

初恋談義

平尾 富男

 友人は罪を告白するように語りだした。
「初恋は小学生の二年生か三年生の頃だったと思う。同じクラスの女の子だ」。言いながら遠い昔を恥ずかしそうに懐かしんでいた。
 私は言った。「むしろ遅いほうかもしれないね。僕の場合は、学校に入る前に可愛がってくれた母の若い女友達だったと思う」
 二人の話を聞いていた仲間の女性が割り込んで言う。「男の人って早いのね。私は高校生になってからだと思うわ。小学校の頃から同級生の男の子とキャーキャー言いながら話していた覚えはあるけど、初恋と言うようなものではなかったわ。敢えて言えば、隣のクラスの担任の先生ね。大好きだったわ。でも小学生に中年の先生だから、恋という感情じゃないと思うけど」
「それって充分初恋だよ」
 友人は続けた。「その初恋の相手のことを今も忘れられないんだ」
「ちょっと待ってくれよ。小学校の低学年の同級生の女の子のことを今でも恋焦がれるなんて変だぞ」と私が混ぜ返した。
「違うんだ。その相手はオレが歳をとるに従って、夢の中で、そしてオレの頭の中でも育っていったんだ。オレがもう直ぐ六十歳に届くから、彼女も同じだよ」
「彼女に最後に会ったのは何歳ごろなんだよ」
「小学校の途中で転校してしまったから、精々四年生の夏だったと思う」
 五十歳半ばの女性がまた話しに入ってきた。「面白い話ね。歳を取っていく初恋なんて。私の初恋の相手は小学校のときの先生だったから、当時を思い出すと今の私より二十歳は若いわ。ちっとも変っていないのよ。年下の男性を思い出して喜んでいるなんて、ちょっと不倫ぽいかしら」
 友人の言う十歳の時の初恋の相手が、会ってもいないのに自分の成長に伴って一緒に容姿も変化して今や六十歳になっているというのは、ありうる話だろうか。勿論友人の想像の範疇ではあるのだけれど。友人のその初恋に対する思いが強いのか、想像力がよほど旺盛なのか、私には信じがたいことだ。
 数日後、私の初恋の相手が夢の中に現れて言ったのだ。「暫く会わないうちに随分大きくなったわね。もう直ぐ小学校卒業でしょ」。相手はあの時の三十台半ばのままで、私の方は当時に戻りながらも小学六年生に成長しているのだ。自分の小学校時代の姿は、写真でも見ているから想像に難くないし、母の友達の方はあのころの母と同じ年齢のままなのだ。夢の中での私の成長は、相手の言葉「もう直ぐ小学校卒業」に呼応したのだ。
 一月後に会った友人に言うと、「随分と身勝手でご都合主義な話だな。夢だからいいか。それにしてもお前は随分とませた子供だったんだな。オレの相手は、そろそろ老後の心配をしている頃だよ。旦那に死に別れているかもしれない。一度会っては昔話に花を咲かせるのも悪くないかも」
 これを聞いたら仲間の女性はこう言うに決まっている、「いつまでもそんな昔の話にまじめに付き合っているなんて、お二人とも幼い頃は早熟だったのに、歳をとったら初心でナイーブになったか、余程暇なのね」と。

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