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エッセイ・コラム

沖縄と東京で

濱田 優(ゆたか)

 同じ台風に二度遭遇するという珍しい体験をした。
 6月の台風としては8年ぶりに日本列島に上陸し、関東地方でも大暴れした台風4号に、まず旅先の沖縄で出会い、ご丁寧に東京で帰り逢ったのだ。

 連れと二人で数十年振りに出掛ける旅に沖縄を選び、6月17日(日)から三日間本島西海岸のリゾートに行く計画を立てた。なのに、直前になって気になる台風情報が入る。12日にカロリン諸島付近で発生した台風4号は遙か南の太平洋上を西に進み、15日の午後フィリピンの東で進路を北北西に変えた、という。
 まずいぞ、進路予想のとおり大文字のC型に進めば沖縄が狙われる。16日に発表された那覇の天気予報は、17日は晴れ、18日は曇り、そして19日は雨、それも午後は暴風雨と伝えている。

 観光盛りだくさんパックツアーではないので、悪天候なら無理に出歩かずにホテルの施設でのんびり楽しむこともできる。が、19日夕方に予約した飛行機が欠航になるのは困る。
 どうしよう。ちょっと迷ったが、台風が逸れたり、予定がずれたりすることもあるだろう。予報通り来たらその時はその時のことと腹を括り、17日の早朝、運を天に任せて羽田を飛び立った。

 結果は正解だった。17日は予報通り晴れで、午後一番にホテルに着くや、連れはガーデンプールに行こうと水着に着替える。私はプールを付き合った後、ホテルビーチで海水浴を楽しんだ。透明度の高い海では、ゴーグルを着けただけで近くを泳いでいる魚に出会える。浜辺にはビキニの若い娘たちが闊歩、ただしほとんどがカップルなので目の薬なのか毒なのか。

 翌18日午前は曇り、シャトルバスで美ら海水族館に行く。私は、泳いでいる魚を観るのが大好きで、東京でも品川やサンシャインなどの水族館に孫を連れて行く。沖縄に行ったら何をおいてもここは外せない、と楽しみにしていた。
 巨大水槽側のカフェに座って、目玉の巨大ジンベイザメやマンタが、ゆうゆうと泳ぐ姿を観ているといつまでも見飽きない。彼らは気楽そうにしているけれど、本当のところはどうなんだろう。自由を奪われているという難しい問題はさておき、とりあえずここにいれば食べ物に不自由しないし天敵もいない。台風や津波に巻き込まれることもなく快適だ。人間どもにじろじろ見られるのがストレスになる魚もいようが、私なら逆に水槽から人間どもを観察してやる。きっと面白い眺めだろう。
 と、悦に入っていたところ、それは浅はかな考えということがすぐ後に分かった。水族館に隣接した施設でイルカショーを観てのことである。よく鍛えられたイルカたちが驚異のジャンプ力で飛び上がったり、ボールを操ったりするばかりか、愛嬌を振りまいている。魚一匹のご褒美でようやるもんだ。司会が語るには、ショーで主役を張るまでになるには、長年の厳しい訓練を経なければならないという。運動音痴の私ならすぐ脱落してしまう。落ちこぼれたらどうなるか、聞いてないけれど幸せではいられまい。
 なまじ芸ができるからしごかれる。マンボウみたいに無芸大食が一番、などと生来の怠け者はどこまでも埒のないことを考え続ける。

 午後から雨が降りはじめたが、戻りのバスの中で美人のガイドさんが奏でる三線の音(ね)に癒されながら、うとうとしているうちにホテルに着いた。
 スピードアップした台風4号は、前の予報よりはやく、その夜のうちに沖縄の東部海上を通り抜けた。沖縄本島も暴風圏に入ったものの大きなホテルの中では雨音も風音も聞こえない。

 翌19日の朝、フロントで飛行機の運航状況に確認すると、台風4号がこれから向かう関西方面行には欠航が出ているが、羽田は大丈夫とのこと、一安心だ。
 ただ、台風一過の晴天とはいかず、梅雨前線がまだ停滞しているためか、不安定な天候で降ったり止んだりしている。それにやや疲れたこともあり、オプションで考えていた首里城は諦め、ホテルでゆっくり休んで予定の飛行機で帰途についた。

 これで平穏無事に帰宅できると思いきや、そうは問屋が卸さない。
 時速900kmの飛行機(787)は時速数十kmの台風を追い抜き東京に先着した。羽田から電車に乗り渋谷に着いた午後9時頃、すでに風雨が強くタクシーが捕まらない。バスも遅れて来ないので、結局電車で帰った。最寄り駅に着いたときは風雨が一段と激しくなっていて、家に戻ったときは全身濡れ鼠、荷物もびっしょりで惨憺たる状態だった。

 さらに暴風雨圏が抜ける夜半過ぎまで、我が古家は激しい風音、物音に脅され、床に就いても寝付かれない。それを逆手に取って、台風と飛行機をアリバイ工作に使う西村京太郎ばりのトラベル・ミステリーをものにできないかと考えたが、完全犯罪のプロットを練る間もなく睡魔に捕まった。

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