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エッセイ・コラム

「子」がない!

平尾 富男

 初孫が生まれると聞いて、名付けの手助けをしようと思った。今から六年も前のことだ。
 かつて我が子が生まれるときに苦労したことを思い出しながら、四つ程の候補を紙に書いて娘の家を訪れた。すると娘婿が、申し訳ないという雰囲気ではなく、一寸迷惑そうな顔をして宣う。「もう決めています」と。「えっ、なんて名前にしたの」と聞くと、「それは生まれてから」と言って教えてくれない。これには岡山に住む婿殿の両親もがっかりしたと、後から聞かされた。
 昨年、第三子が出来た娘夫婦だが、三人(男二人、女一人)の孫の命名には一切預からせてもらえなかった。我が身を振り返ってみれば当然かもしれない。二人の子供の名前は誰が何と言おうと夫婦だけで考えて決めたのだから。
 我々に待望の娘が生まれてから、かれこれ三十年を過ぎた。女の子と分ったときにあれこれ考えた名前の候補は、女の子らしく全て「子」が付いた。「裕子」、「良子」、「淳子」、「春子」、「恵子」等々の「子」付き名前が「女の子らしい」というのは、当時アメリカに住んでいた我々夫婦の素直な思いだった。結局、娘には「尚子」と名付けた。娘の父親が保守的な性格で、型にはまったサラリーマン生活に馴染んでいたからだろうか。
 我々世代では、女性の名前に「子」が付くのが極めて多い。事実、一九四〇年代生まれの女子の名前は「子」付きの全盛期だった。同級生名簿を見ても、「~江(恵)」さん他がいなかったわけではないが、「~子」さんのオンパレード。娘の母親の名前にも「子」が付いている。

 さて、孫娘に付けられた名前は「恵真(えま)」で、「子」がない。歳を取った世代から見ると、少々突拍子もない感がある。ふと思いついて、昨年日本の女子サッカーの実力を世界に知らしめた「なでしこジャパン」の精鋭選手二十一名の名前を調べてみた。そこにもたった一名以外には「子」がないことが分って愕然とした。個性的な名前ばかりなのが、今風なのだろう。
 以下がその「世界一のメンバー」の名前である;
「穂希」、「忍」、「ゆかり」、「明日菜」、「梓」、「紗希」、「あゆみ」、「彩」、「優季」、「めぐみ」、「桂里奈」、「夢穂」、「真奈」、「あや」、「奈穂美」、「梢」、「喬子」、「美穂」、「瑠美」、「愛実」、「のぞみ」

「なでしこ」のメンバーと娘の年齢はそんなに大きくは違わない。娘の同世代の女性達の名前に「子」なしが多かったと、かつて娘に恨めし顔をして言われたことを思い出す。娘夫婦が自分達自身の娘の命名を我々に託さなかったのは正解だ。
 名前にも流行があり、時代によって大きく変遷するようだ。「~子」式命名は、古くは平安時代の女性、藤原定子、藤原彰子、源倫子、更には北条祝子、北条祥子に代表されるように、貴族や上流階級で使われていた。現在でも天皇家では女子の命名には「~子」が踏襲されている。

 大正生まれの我が母の名は「フサ」であった。調べてみると明治・大正の時代、女性の名前はカナ(かな)二文字で「トメ」、「ふみ」、「ウメ」、「すず」、「フク」、「よね」等々が一般的だったから、「子」がないのだ。

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