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エッセイ・コラム

女性と靴下

西田 昭良

 現在(いま)でこそタクシーやダンプカーを見事に操っている女性を見ても、何とも感じないが、四、五十年前には、ホーッと感嘆の声を上げたものだ。そこには称賛とエールが濃縮されている。
 <戦後強くなったのは女性と靴下>。これが当時の人たちの口癖だった。今なら流行語大賞、間違いなしである。
 戦後間もない朝鮮戦争による特需景気が日本経済発展の緒となったが、特に生活に密着した糸偏景気で繊維業界は隆盛の一途を辿る。象徴的なのは、ナイロンの普及によって靴下が見違えるほどに丈夫になったこと。以前は四、五回穿くとすぐに穴が空いたり、伝線したりしたものだ。
 さて、女性は。
 1960年代後半になってウーマン・リブが確固たる市民権を得ると、女性も本当に強くなった。いたる所で、男性の横暴には女性は歯をむき出して抵抗するようになり、性の解放が叫ばれ、ピルの解禁となる。職場ではお茶くみOLが激減して、いつの間にか隣の机に女性が座っている。うかうかしていると自分の机も乗っ取られる、と身の引きしまる思いをしたのを憶えている。
 1985年に男女雇用機会均等法が施行されると、従来は男性主導権と目されていた職域にも女性が洪水のように流れ込んできた。その影響で職にあぶれた男性も多く居たであろう。それはそれで真の男女同権が確立され、同時に男性に刺激と緊迫感を与えて結構なことであった。
 現在でも、日本の社会は女性の進出が外国よりもまだまだ少ないといわれている。しかし男女の境界線は今や完全に撤廃されたといっていい。あとは男女の区別なく、能力次第である。
 事あって、最近或る大学病院に入院して驚いた。ナース・ステーションに男性の看護師が見られたことである。
 ナイチンゲールの時代から、そこは女性だけの神聖な園であった。
 そこに今、多くの若いイケ面が女性に混じって活発に働いているのだ。しばらく前には無かった現象である。<看護婦>という文字が死語になったのもうなずける。
 男性看護師もレベル相応の医学的知識は勿論身につけているだろうが、何よりも、男にだって女に負けないくらいの機微をもって患者に接することが出来る、という矜持が白衣に包まれて初々しく感じられた。採血、点滴などの技術も決して女性に劣らない。女性の看護師には多少羞恥心を覚える排泄行為の手助けも、同性の誼(よしみ)で抵抗感は少ない。そういう意味でも、男の患者には男性看護師は大歓迎である。女の患者にも若いイケ面看護師は悪い気はしないだろう。
 以前からあった男性職場への女性の浸透が、いま逆流現象を起こしているのである。うかうかしていると、女性の就職口はもっと狭められるかもしれない。女性も安閑としてはいられない時代になったものだ。若い男性の草食化、などと簡単に片づけられない問題である。
 昔、女性たちに贈った熱いエールを、今、若い男性たちに贈ろう。

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