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エッセイ・コラム

時価発行増資という曲者(その1)

野上 浩三

 時価発行制度の導入
 わが国は、1968年に時価発行制度をアメリカから導入した。
 時価発行制度とは、株式会社が自己資本を調達するため新株式を発行する場合に、時価を発行価格とする制度である。新株式の発行方法としては、2005年までは額面発行と時価発行とがあった。額面発行の下では、株券に50円とか500円とかの額面が記されており、新株はすべて額面で発行されていた。
 時価発行制度の下では、額面が50円であっても500円であっても、時価が1000円であれば新株を1000円で発行することができる。なお、2001年の商法改正によって額面発行制度は廃止され、現在は、新株式の発行方式は時価発行増資のみになっている。なお、転換社債とワラント債も、権利が行使されると株式になるので、時価発行増資に含まれる。
 時価発行制度が導入されたのは、企業の自己資本を即効的に充実して国際競争力を強化するためであった。当時、わが国の外貨準備高は30億ドル前後と低水準にあり、輸出で外貨を稼ぐことが喫緊の課題となっていた。その為には企業の国際競争力を強化する必要があり、企業の財務力の強化が必要であった。企業の財務力を示す一つの指標は自己資本比率であるが、わが国の企業はこの点で非常に劣っていた。1960年代初期における自己資本比率は、わが国が20~30%であったのに対し、アメリカは60~70%と、格段の差が有った。
 そこで、証券業界の提案に基づいて検討されたのが、時価発行制度の導入であった。
 時価発行増資は1986年に開始されて以降、1990年に平成バブが崩壊するまで、企業の資金調達手段として全盛を極めた。
 時価発行増資は、発行会社の資本充実には効果的で、企業の多くが無借金会社になった。しかし、時価発行増資は、株主・投資家にとっては新株式を額面で割り当てられる権利を奪うほか、運用のやり方次第では弊害をもたらすことのある「曲者」である。

 時価発行増資の本質と基本
 新株式の発行は国の貨幣の発行に匹敵する重要な行為である。したがって、時価発行増資には厳格な「本質」と「基本」が存在する。
 しかし、わが国ではその双方に対する認識が徹底していなかったために、時価発行増資が魔物化し、多くの弊害を生んだ。最大の弊害が平成バブル(注1)の発生であった。平成バブルの崩壊により、株式市場も崩壊し、甚大な損失を被った投資家は、機関投資家も個人投資家も株式市場から離散してしまった。日本経済は現在まで低迷を余儀なくされている。改めて、時価発行増資の本質と基本のおさらいをしておきたい。
 先ず、本質であるが、時価発行増資で調達される資金はすべて株主に帰属するということに集約される。
 すなわち、増資で調達された資金は、株主割当、公募、時価発行、中間発行、額面発行に拘わらず、すべて株主資本(=純資産)に計上される。当期純利益のうちの内部留保分も同様である(証券投資論に詳しい京都大学の川北英隆教授の定義)。
  しかし、わが国では、この重要な本質が正しく理解されず、むしろ、時価発行で調達される資金は、返済不要、コスト不要、使途に制限無しの資金であるという誤解が罷り通っていた。
 例えば、朝日現代用語「知恵蔵」(1998年版)はプレミアムについて次のような解説を行なっている。
 「株主割当・額面増資では時価との差額である増資プレミアムは株主に帰属するが、公募・時価発行では発行会社に帰属し、発行会社は額面発行に比べて少数の株式増加で大量の資金調達が可能になる。中間発行では新株引受権を株主に与えることにより発行会社、株主ともプレミアムの配分にあずかることができる」
 次に、基本は大きく三つあるが、各々の基本とそれぞれの逸脱状況は次の通りである。
 ①発行価格は発行会社の実力を反映して適正に設定されなければならない。
 しかし、わが国では発行価格は株価工作によって時価が発行会社の実力の3~4倍に嵩上げされて設定された。実力を上回る部分は贋金と称すべきものであった。株価工作は時価発行増資を魔物化させた重要な事項であるので、(その2)で別途解説する。
 ②調達する資金の量は、株主資本に対する利益の還元義務が果たせる範囲に止められるべきである。
 しかし、この基本も逸脱され、株主資本の枠を大きく超過して巨額となった。1986~90年の平成バブル発生期には転換社債とワラント債を含めた時価発行増資の合計額は約70兆円にのぼった。これに貨幣乗数(注6)を掛けると500兆円前後の巨額のマネー・サプライ(注7)になる。
 ③調達された資金の使途は、設備投資や研究開発費、企業買収など、成果が出るまでに長期間を要し、最終的に株主の利益になるような目的に限定される。
 しかし、この基本も本来の目的を逸脱して株式や不動産などへの投機に流用された。当時、わが国の企業は設備過剰で多額の資金を要する状態にはなかった。しかし、多くの発行会社が、証券会社の「株価の高い時に実施すれば有利な資金が調達できる」という勧誘に乗って、安易に多額の時価発行増資を行なった。
 その結果、巨額の遊休資金が生まれ、前述のように、株式や不動産などの投機に流用され、平成バブルの発生となった。

 反故にされたプレミアム還元の合意
 これ程の弊害は予想しなかったものの、生保業界は機関投資家として、時価発行制度の導入に関しては強い危惧を抱いていた。したがって、時価発行制度の導入には強硬に反対した。
 その反対を打破すべく登場したのが「プレミアムの還元」というという妥協案であった。
 プレミアムという言葉は当時、耳慣れないものであった。プレミアムは時価発行増資で調達された資金のうちの額面を上回る部分であり、株主に帰属し、会計上は資本準備金に繰り入れられる。
 プレミアムが一定期間内に資本金に組み入れられ、それに相当する新株が無償交付(注5)の形で株主に還元されるならば、株主にとっては額面発行と同じことになるという考えが有力であった。当時の監督官庁の大蔵省も次のように考えていた。
 「時価発行が、株式の投資魅力を失わせるという批判がある。しかし、時価発行の場合でも、企業が増資プレミアムを有効に活用して利益を高め、これを無償交付で確実に全株主に還元すれば、時期をおいて額面増資と同様の効果が生ずる」(昭和51年5月証取審報告)。
 結局、「プレミアム還元の合意」が成立し、時価発行増資が実施される運びとなった。
 しかし、プレミアム還元の義務の履行状況は非常に悪かった。
 還元義務が履行されなかったのみでなく、還元に関する合意自体が自然消滅してしまった。消滅したのは、発行会社側にプレミアム還元の精神が徹底されなかったのと、時価発行銘柄が儲かる状態が長く続いたので機関投資家もプレミアム還元を堅持することの重要性を失念してしまったものと思われる。
 もし、プレミアムの還元ルールが維持され遵守されていたならば、時価発行増資が無節操に行なわれて魔物化することもなく、したがって、平成バブルも「株式の死」も引き起こされなかったであろう。
 そう考える根拠は、プレミアムが合意通りに還元されていたならば、時価発行増資で調達される資金のコストが非常に高いものになるので、自ずと発行量が適正にならざるを得ないからである。
 プレミアムの還元は、株主・投資家にとって、株式の投資価値という観点から、いわば最後の砦であった。その重要な還元の義務が不履行に終わったのは、プレミアムの意味が発行会社の側で正しく理解されなかった結果としか考えられない。それほどに、時価発行増資は拙速に実施されたのであった。
 プレミアムの還元の悪さに危機感を覚えた生保業界は、1969年1月以降の10年間に時価発行増資を行なった東証一部上場企業637社について、プレミアムの還元状況を調査した。
 調査の結果は、還元率が非常に悪いことが判明した。発行会社が取得したプレミアムの累計に対する還元額の累計の比率(還元率)は、平均33%強と悪かった。この還元率は株式の時価発行増資の4兆3千億円に関するものであるが、実際にはこの他に転換社債が3兆9千億円発行されていたので、これを加えると還元率は半減する。当時、この事実がマスコミで「やらずぶったくり」と批判されていた。
 特に、多額のプレミアムが発生した第三次ブーム時の時価発行に関しては、プレミアムの還元の必要性が強かった。そこで、1991年以降に実施された株式分割(従来の無償交付に代わるもの)の実績を調べてみたところ、非常に悪いことが判明した。すなわち、数値の入手可能な1996年までの株式分割の実績は年平均200件、それ以前の1973年から1990年(無償交付の時代)の年平均336件であった。高い発行価格で巨額の時価発行増資が行なわれた第三次ブーム時のプレミアムの還元としては、極めて少なかったと言える。
 結局、問題は、プレミアム還元のルールには強制力が無く、発行会社の誠意に依存するという安易な体制にされたことにあったと言えよう。しかも、不可解なことに、いつの間にかプレミアムの還元自体が行なわれなくなり、還元ルールも廃止されてしまった。
 1980年代に入って平成バブルが崩壊するまで株式相場の好調が続いたので、不履行に対する株主・投資家側からの苦情も出ず、知らない間にルールまでが廃止されてしまったのであろう。
 今や、プレミアムという言葉は死語となっている。しかし、プレミアム還元の持つ意味は非常に大きかった。このプレミアム還元のルールが厳格に守られていたならば、自ずと節度ある時価発行増資が行なわれ、健全な長期投資家が株式市場を離散することはなく、健全な株式市場が維持されていたものと思われる。
 時価発行制度の導入が検討された時の議論の原点に戻って根本的な見直しを行なう必要があるが、誰もその必要性に気付いていない。

(注記事項)
1 平成バブル
1986~90年に株式や不動産などの「資産」への投機が原因となって生じた金融バブルのことで、学術的な文書でも平成バブルと呼ばれている。
2 無償交付
資本準備金を資本金に組み入れ、同時に額面で新株式を無償で株主に交付すること。時価発行増資のプレミアムの株主への還元を図る際に利用された。1991年に株式分割に統一される形で廃止された。
3 貨幣乗数(money multiplier)
通貨が一単位増加した場合にマネー・サプライをどの程度増加させるかを示すもので、信用創造乗数とも呼ばれる。法人・個人から銀行に預金され、銀行がその預金から法人・個人に融資をする。この資金の流れが数回繰り返されてマネー・サプライが倍加される度合いのことで、日本の係数は7~8倍とされている。
4 マネー・サプライ
国内の個人、金融機関を除く法人、地方公共団体が保有する通貨の総量。M1(流通現金と要求払い預金の合計)、M2(M1+定期預金+譲渡性預金)+CDなどがある。経済成長に伴って増加するが、過度の増加はインフレを招き、経済の安定成長を阻害する。

以下「時価発行増資という曲者(その2)」に続く

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