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エッセイ・コラム 科学技術

事実は小説より奇なり

池田 隆

 一九八五年にメキシコの地熱発電所で大爆発が起きた。その時までは同じ建屋内に設置された同型二機のタービン発電機システム1が順調に運転を続けていた。ところが突然、一号機において制御電源2の電圧が低下し、構成機器は制御不能に陥った。つづけてタービンの大気放出板3が開き、有毒ガスを含む多量の地熱蒸気がタービン建屋内に噴出した。運転員は堪られずに正常運転中の二号機に対して停止操作を行い、全員が屋外へ避難した。
 その数時間後に停止させた筈の二号機が大爆発を起こした。発電機の回転軸はミサイルのように飛散し、その周辺機器は火に包まれた。一方、当初問題を起こした一号機は全くの無事であった。
 なぜ一号機と二号機が入れ替わったのか、摩訶不思議な事故である。

 この発電所の機器配置やシステムはメキシコ政府が設計し、タービン発電機などの主要機器のみをT社が供給していた。そのタービンの設計者であった私は報を受け、直ちに関係者数名を引連れて現地に飛んだ。事故をテロ攻撃と想定したのか、発電所は警備する軍隊以外に人影もなく、無気味さが漂っていた。そのなかで先ず我々は爆発現場に向かい、子細に調査した。つづけて発電システムの制御回路と運転操作記録を確認しつつ、この謎めいた事故の原因究明に取り掛かった。
 一号機、二号機の発電システムは各々が制御電源を持ち、互いに独立して構成機器の制御を行っている。ところが暫くして唯一つの例外を見つけた。所内遮断器4の開閉を指示する制御回路のみが両発電システムの間で連結している。すなわち運転員の切換え操作によって、いずれか一方の制御電源で両機の遮断器を開閉できるシステム設計になっている。なお事故発生時には一号機側の制御電源で両機の遮断器を作動させる状態になっていた。この事が分ると、いくつかの疑問点を残しながらも事故原因の推定は一気に進んだ。

 まず何らかの原因で一号機の制御電圧の低下が生じる。そのため復水器5の水位制御が不能になり、復水機能を喪失する。その結果、タービン出口圧が上昇し、大気放出板が開き、地熱蒸気が建屋内に噴出する。すぐに運転員は一号機タービンの停止操作ボタン6を押すが、制御電圧低下のためにタービン入口弁は半開状態に留まり、数気圧・約二百度Cの地熱蒸気が噴き出し続ける。一方、遮断器は閉じたままの状態が続く。
 暫くして中央操作室7の天井から蒸気が噴き出し、運転員は二号機タービンの停止操作ボタンを押す。しかしその操作以前に遮断器の制御電源を切換えた形跡はない。
 したがって両機とも停止操作によって本来ならば開く筈の遮断器が作動せずに、発電機があたかも電動機となり、送電系統から逆に電気を受けてタービンを回し続ける状態、いわゆるモータリング状態になる。
 二号機のタービン入口弁は正常な制御電圧によって全閉し、タービン内は大気圧の密封状態8となる。その状態でタービン翼が回され続けると、かき混ぜ熱が蓄積する。やがて数時間後にはタービン翼の温度が五百度C以上に上昇し、材料強度の著しい低下を招く。遂には翼が遠心力で飛散し、回転軸は力学的なアンバランスで大振動を起こす。
 その大振動で回転軸に取付けられた主油ポンプが破損する。別置きの電動補助油ポンプや緊急油ポンプがバックアップ用に設置されているが、それらも主油ポンプより漏出した油によって火災を起こし、機能を停止する。
 その結果、軸受に油が供給されない状態で回転軸が回り続ける。やがて摩擦熱で約四百ミリ直径の鋼鉄製回転軸も軟らかな飴状になり、引きちぎられて建屋の天井まで飛散する。一方、一号機のタービンは二百度Cの蒸気が流れ続けており、温度上昇も遅く、翼の飛散に至る前に何かの理由で無事に停止する。

 モータリングが謎を解く大きな鍵である。事故の経緯と因果関係にほぼ見当がつくと、それを裏付ける証拠が次々と集まってきた。反証する事象も見当たらない。事故の発端となった制御電源の不調は充電器の劣化が原因であった。室外とは完全に隔離されている筈の中央操作室に蒸気が浸入したのは、建屋建設時の手抜き工事のためであった。
 三日目,四日目になると、姿を消していた運転員も出てきた。一人一人を捉まえては質問していく。
 制御電源の電圧低下に当初気付いた運転員からは蓄電器室の鍵が見当たらず、電源の復旧操作が間に合わなかったことや、遮断器の制御電源を二号機側に切り替える操作を失念したことも聴き出した。
 また、メキシコ側の発電システムの計画者が遮断器開閉の重要性を考えて、いずれかの制御電源が不調になっても、他方の電源で開閉を行えるように特別の設計をしていたことも判明した。今回は運転員の失念によりその配慮が裏目に出てしまったのである。

 しかし事故経過の最後で一号機タービンのモータリングが止まった理由は依然として不明である。退避後に誰も遮断器を操作した者がいない。もしモータリング状態がさらに続いていたならば、地熱蒸気の元圧は徐々に低下しており、やがて一号機も二号機と同じようにタービン翼の破損から破滅的な事故に進展していた筈である。
 もう一度事故現場に出て、見落した異常はないかと目を凝らした。すると如何であろう、回転軸が飛散した個所の天井壁が黒く焦げている。三本の発電機出力ケーブルが天井壁から屋外に出ているが、偶然にもそのうちの二本に飛散した回転軸が触れて短絡させていた。遠方にある変電所の遮断器がその短絡を感知して、自動的に発電所への送電を止めたのである。これで全ての謎解きは終わった。

 このように大事故は種々の要因が絡む連鎖反応や複合作用によって起こることが多い。起こった後の原因究明は比較的容易だが、起こる前にかかる因果関係を想定する予知能力に現代人は欠けている。
 まさに「事実は小説より奇なり」である。

(注記)

  1. タービン発電機システムはタービン、発電機、復水器、タービン入口弁、遮断器、油ポンプ、制御機器などで構成される。タービンは回転軸に多数の翼を取付けた構造でその翼に蒸気を吹き当てて回転動力を起こし、それに直結する発電機を回す。
  2. 制御電源はタービン発電機システムの各構成機器を制御するための電源で、高い信頼性を保つために直流電源が用いられる。多数台の鉛蓄電池で構成され、特別に管理された制御電源室に設置される。
  3. 大気放出板はタービン出口に設けられた大口径の円盤で内圧が異常に高くなると開き、蒸気の緊急放出(ベント)を行う。
  4. 所内遮断器とは発電機の出力端に連なる発電所内にある電流ブレーカー。所外の変電所などにも遮断器は設置されている。
  5. 復水器はタービン出口圧を真空に保つために、タービンから出た蒸気を冷却して水にする熱交換器。
  6. 停止操作ボタンを押すとタービン入口弁を閉め、所内遮断器を開く制御信号を出す。
  7. 中央操作室はタービン建屋内で縦一列に並んだ両機の中間に位置し、両機の遠隔運転操作を行う隔離された部屋。
  8. 大気圧の密封状態になるのはタービン停止操作ボタンによって復水器が復水機能を停止し、小口径弁を通して大気に開放されるため。

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