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エッセイ・コラム 政治・経済・社会

「有る」のか「無い」のか

野瀬 隆平

 「有る」の反対が「無い」だから、「有る」ことが証明されなければ「無い」と単純に考えがちである。しかし、勿論それは正しくない。有ることが証明されないとき、その意味するところは、「有るか無いか判らない」ということである。
 いきなり、ややこしい話を持ち出して恐縮だが、例の放射能が人体に与える害の話である。年間100ミリシーベルト以上の被曝については、人体への影響が確認されているけれど、それ以下については有ることが確認されていない。最初に述べた論理から、確認されていないからといって、影響がないとは言い切れないのである。
 では、このような事実を前提に、放射能の安全性について基準を定めている国際的な機関、ICRPは、どのように安全基準を作ったのか。彼らは一つのモデルを設定した。すなわち、100ミリ以下0に至るまでの間、直線的に影響が小さくなってゆき、その途中に完全に影響がなくなるという「閾値」がないという仮説である。これを専門家はLinear-non-threshold(LNT)モデルと呼んでいる。
 放射能が後々人体に与える悪い影響は、ほぼ癌に絞られており、年間100ミリの被曝で将来癌になる確率が0.5%増えることが、多くの専門家によって認められている。従って、仮に20ミリの場合は直線的に影響が小さくなって、0.1%発症率が増すと考える。これが妥当かどうかは別として、日本の政府も使っているICRPの安全基準はこのようにして決められているのだ。
 ところで、長寿国日本では他の病気で亡くなる人が少なくなってきて、3人に1人は癌で死ぬといわれている。少なくとも33.3%以上の人は癌になる。それが0.1%増えると33.4%になるという話である。少なくとも論理的に考えればそうなる。
 この事実をどう捉えればよいのか。癌になるかもしれない可能性をわずかでも減らすために、現在の生活をどう変えるのか、あるいは変えないのか。つまるところ、個々人の考え方にかかわる問題で、他の人が一律に指示できることでは無いのかも知れない。

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