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エッセイ・コラム 日常生活雑感

月とスッポン

三春

 諫早湾にワニ出現かと騒がれたのは昨年の夏のことだったか。生物学者はスッポンだと言い、スッポン料理屋はいや違うと言い張る。見えたのが頭だけでは何とも判別のしようがない。首から下を見比べればそれこそ「月とスッポン」なのに。

 「月とスッポン」はそもそも、月を直接見上げることをせず、水に映った月を鑑賞するのが風流とされたことから始まる。このスッポンが鼈なのか素盆または朱盆なのかは諸説あるようだ。鼈は甲羅が丸いことから、江戸時代には「丸」とも呼ばれた。満月とスッポンはどちらも丸いが二つの丸は実際には似ても似つかぬ、という意味であることは周知の通り。私はこれを敢えて「酒盆」として、水ではなく露天風呂に浮かべたい。湯おもてに映る月を愛でつつ、盃に映る月を飲み干す……、俳句や都々逸のひとつもうたいたくなるような情景ではないか。

 それには季節と場所を選ばねばならない。
 私の一押しはちょうど今頃、厳冬の寒月である。凍てついた木々の上に孤高の月が凛としてとどまる。枝葉に降り積もった雪が月光にきらめき、ぴんと張った冷気のなかでぬくぬくと湯に浸かる。なんといってもやはり「一人静かに」が似合う。艶っぽい相方も必要だという欲張り者は、それぞれの技量に応じてご自由に。
 ハートピア熱海の露天風呂も悪くはないが近代的に過ぎる。お薦めは北海道、豊平峡温泉「やわらぎの里」。自慢は湯上りのカレーライスだという。経営者がかつてカレー専門店をやっていた思い入れの証だ。屋内には檜の古い浴槽が二つ、もうもうと立ちこめる湯けむりとほのかな灯りに人影が朧に浮かびあがる。庭には湖とみまがうばかりの大きな露天風呂が待っている。ここにこっそりと酒盆を持ち込もう。手を加え過ぎず自然を残した素朴な景観、絶妙に配された巨岩に隠されて人もまばら、夜陰にまぎれてしまえば見咎める者もない(に違いない)。

「月とスッポン」転じて「月とスッポンポン!」

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