作品の閲覧

エッセイ・コラム 芸術・芸能・音楽

「コロン劇場」での世紀のコンサート

平尾 富男

 世界三大劇場の内、オペラの殿堂でもあるミラノの「スカラ座」、パリの「オペラ座」には実際に行ったことがあるが、ブエノスアイレスの「コロン劇場」(The Teatro Colon)にはこれまで行く機会に恵まれていない。とにかく地球の裏側にある国、アルゼンチンは普通の日本人にとって遠い国である。それと、オペラには余り関係なさそうだと思うのは偏見だろうか?
 この劇場で、往年のタンゴの巨匠たちが2008年の真夏の一夜だけ集って、歴史に残る演奏会を開催した。奇跡的とも言えるコンサートを収録した映画『伝説のマエストロたち』を見て、この劇場へのヴァーチャルな訪問を果たすことが出来て幸せな気分で居る。

 1940年代から50年代に活躍し、アルゼンチンタンゴの黄金時代を築いたスター達がCDアルバム「CAFE DE LOS MAESTROS」(2006年)を収録するために、ブエノスアイレスの名門レコーディングスタジオ「Estudio ION」で感動的な再会を果たした。そのときの貴重な映像とマエストロたちの証言、そしてその後に企画された「コロン劇場」でのコンサートを記録したのがアルバムと同名の映画である。アルバムは2006年ラテン・グラミー最優秀アルバム賞を受賞した。
 その力強いタンゴのリズムと豊穣な音楽性に圧倒され、映画終了後も暫くは映画館の椅子から立ち上がれない。ほとんどの観客も映写終了と同時に盛大な拍手を惜しまなかったのも強く印象に残る。
 何しろ出演するマエストロたちは、邦題『伝説のマエストロたち』の通り、アルゼンチンの人間国宝と呼ぶべき巨匠たちであり、信じられないようなエネルギッシュで華麗な演奏を聴衆にぶつけるのだ。哀愁を帯び、或いは爆発するが如く訴えかけるバンドネオンだけでも5人、6人の巨匠たちが合奏する。時に主役となり、時に伴奏として演ずるヴァイオリニストたち、そしてピアニストの強力なリズムが一つに解け合って、広いステージが小さく見えるほどに充満する。
 一般に、タンゴと言えば、その音楽よりも妖艶で動きの激しいダンスのイメージが強いが、この映画ではダンスは脇役でさえもない。観衆は、強靱なリズム体の上に、ロマンティックな、そしてメランコリックな主旋律が「泣き」「叫ぶ」タンゴに心底魅せられる。
 「コロン劇場」は、映画の撮影の後に一大修復が施され、アルゼンチン建国200周年の2010年5月25日より再公開されていると新聞で読んだ。映画で見たものよりも更に豪華で壮大な劇場に生まれ変わっているに違いない。

 映画を監督したミゲル・コアンの言葉「これほどまでのタンゴのマエストロを集めることによって、タンゴという音楽が我々の歴史の中で果たした役割についても総括できた。コロン劇場におけるスタンディング・オベーションは、今日においてもタンゴ・カルチャーが健在であるということを証明するに余りある歴史的な出来事だ」に納得させられる映画だった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧