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エッセイ・コラム 体験記・紀行文

偶然のヤナーチェク

金京 法一

 村上春樹のベストセラー小説『1Q84』を読みだした。物語は高速道路の渋滞でタクシーに閉じ込められた主人公の青豆が、タクシーには不似合いなハイエンドのカーステレオから流れる音楽が、ヤナーチェク作曲の『シンフォニエッタ』であることに気づく場面から始まる。更に彼女はこの曲が1926年に作曲されたことを思い出す。彼女は特にクラシック音楽に造詣が深いわけでもなく、あまりポピュラーでもない曲名や作曲年を思い出したことに違和感を覚える。

 その時である。部屋の隅に置いてあるラジオから「次の曲はヤナーチェク作曲の『シンフォニエッタ』です。この曲は今では村上春樹の小説で日本でも有名になり、ファンも増えていると言われています」というアナウンサーの声が聞こえてきた。偶然といえばそれまでであるが、小説の世界と現実が一瞬交差したような錯覚を覚えた。そして普段ならば聞き流してしまうこの小曲にやや注意深く耳を傾けた。

 『シンフォニエッタ』は小説の中で、特殊な背景のようにあちこちに登場するようである。まだ第2巻を読んでいる途中なので、この曲が小説の中でどういう意味付けをされているのかは分からない。かなりの長編小説で、最近第3巻が発売され、おそらく第4巻で完結するであろうから、『シンフォニエッタ』の意味付けがはっきりするのは多分来年であろう。

*レオシュ・ヤナーチェク:1854-1928、チェコの作曲家。民謡を題材に作曲多数。オペラ『イエヌーファ』や『利口な牝狐』などが有名。

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