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「800字文学館」

上級国民より上等人間に

大津 隆文

 二〇一九年四月、東京東池袋で乗用車が突然暴走し、母子二名死亡等の大惨事が発生した。高齢の運転者は元通産省高官で、逮捕はされず、新聞報道でも匿名あるいは元高官とされ「容疑者」とされなかった。このため彼は「上級国民」として特別扱いを受けているとの批判が噴出した。逮捕されなかったのは怪我で入院したためと説明されたが、世の中の反響には考えさせられる点が少なくなかった。

 その一は、人は皆公平に扱われるべきという一般国民の思いの強さである。世の中建前としては平等と言われているが、ある種のエリート層は舞台裏で特権を享受していて、自分達は割を食っているのではないかという疑念が幅広く存在していることが窺われた。
「上級国民」の確たる定義はないが、経済的に恵まれている人、社会的ステータスの高い人が想定されているようだ。彼等は社会の成功者と言っていいが、誇りと同時に謙虚さを持つ必要があろう。仮に人並み以上の努力の結果であるとしても、世の中には努力しても報われなかった人、努力すら出来なかった人がいることを忘れないで欲しい。

 その二は、世の中公平であるべきとはいえ、全てが完璧には実現できないことである。例えば病気になった時誰もが名医に診てもらいたいが、現実には不可能である。日本では特別のコネがある人は別として、後は運次第であろう。米国ではお金さえあれば診てもらえるかもしれない。大統領や首相の治療の特別扱いには異論はなかろう。
 公平の実現が一律には難しい場合であっても、例外扱いは一般国民の公平感や合理的な基準に沿う必要があろう。

 その三は、「上級国民」論を戦わすよりもっと大事な視点があることだ。それは「上等人間」であるかどうかだと思う。人間として上等とは、他人に対する思いやりの有無、強弱であって、これは貧富や社会的地位とは関係ない。競争が激化し格差も拡大の方向にある現在、お互い上等人間を目指し、連帯感のある社会を築きたいものである。

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